第66話
第66話
巨大な岩壁の裂け目を抜けると、空気が変わった。
山の内部を削って作られた巨大な空洞。天井には魔鉱石の灯りが埋め込まれ、淡い光が街を照らしている。岩を削って作られた建物が並び、鍛冶炉の煙がゆっくりと天井へ流れていく。
鉄を打つ音。
火の爆ぜる音。
低い笑い声。
それらが重なり、この場所独特の空気を作っていた。
ドワーフの集落。
だが、その空気がわずかに揺れる。
入口をくぐった二人に、視線が集まった。
「……おい」
「バルグラムだ」
「戻ってきたぞ」
低い声が交わされる。
だがすぐに別の声が混じる。
「……人間?」
「誰だ、あれ」
視線がルシアン――いや、レイヴンへ向く。
ざわめきが広がる。
「バルグラムが人間を連れてきたぞ」
「何考えてやがる」
「ここは人間の来る場所じゃねぇ」
声は小さいが、確実に広がっていく。
ルシアンは何も言わない。ただ静かに歩いていた。
だがその時。
バルグラムが止まった。
ゆっくり振り返る。
視線だけで周囲を見渡す。
そして――
「……うるせぇな」
低く言った。
ざわめきが一瞬止まる。
バルグラムはレイヴンの肩に手を置いた。
「こいつは俺の恩人だ」
はっきりと言う。
「山の奥で死にかけてた俺を助けた」
その言葉に空気が変わる。
ドワーフたちは恩を軽く扱わない。
それでも、まだ疑いは残る。
誰かが言う。
「……だが人間だ」
「だから何だ」
バルグラムの声は低かった。
だが、重い。
そして一歩前へ出る。
「こいつは――」
周囲を見渡し、言い切った。
「俺の恩人であり、友人だ」
一瞬の沈黙。
そして次の言葉。
「誰にも文句は言わせねぇ」
空気が完全に止まる。
バルグラムはドワーフの中でもすでに名を上げている。
長候補。
しかも、あの武器を打ったばかりだ。
その男がここまで言い切った。
誰も軽く口を挟めない。
しばらくの沈黙のあと、誰かが小さく鼻を鳴らす。
「……そこまで言うならな」
「文句はねぇ」
ざわめきは、ゆっくりと収まっていった。
バルグラムは満足そうに鼻を鳴らす。
「行くぞ」
そう言って歩き出す。
ルシアンはその背を見ながら、小さく言った。
「……助かりました」
バルグラムは振り返らない。
「気にするな」
短く答える。
「言った通りだ」
それだけだった。
やがて二人は、集落の奥へ進んでいく。
そこには、一人のドワーフが立っていた。
ボルグラム・ドゥルガン。
バルグラムの父であり、この集落の長だった。




