第65話
第65話
山岳地帯の道を二人は並んで歩いていた。
風は相変わらず冷たい。だが先ほどまでとは違い、魔物の気配はほとんどない。ここから先はドワーフの集落の縄張りに近い。
岩場を越えたところで、ルシアンが足を止めた。
バルグラムも気づき、振り返る。
「……どうした」
ルシアンは少しだけ考え、口を開く。
「一つ、お願いがあります」
バルグラムは眉を動かす。
「何だ」
「このまま集落に入るのは、少し都合が悪い」
短い沈黙。
バルグラムは腕を組んだ。
「……どういう意味だ」
ルシアンは周囲を一度見回し、ゆっくりと言う。
「いまの姿のままでは、後々動きづらくなる」
「?」
「この山に人間の少年がいること自体、本来おかしい」
それは事実だった。
ここは人の来る場所ではない。ましてドワーフの集落の近くに、素性の分からない少年が現れれば余計な目を引く。
ルシアンは続ける。
「なので、姿を変えます」
バルグラムがわずかに目を細める。
「……変える?」
「はい」
ルシアンの足元の影が、静かに揺れた。
次の瞬間。
影が広がる。
黒い靄のようなものが身体を覆い、ゆっくりと形を変えていく。
背が伸びる。
体格が変わる。
少年の輪郭が、わずかに大人びていく。
やがて影が消える。
そこに立っていたのは――
少年ではなかった。
二十歳前後ほどの青年。
髪の色も、顔立ちも、先ほどのルシアンとはまったく違う。
バルグラムは黙ってそれを見ていた。
そして言う。
「……面白ぇ力だな」
「便利ではあります」
ルシアン――いや、姿を変えた青年は静かに答える。
「なので、集落では別の名前で呼んでください」
バルグラムは鼻を鳴らした。
「偽名か」
「はい」
「名前は」
「……レイヴン」
短く答える。
「しばらくはその名で」
バルグラムは少しだけ考えたあと、肩をすくめた。
「構わん」
「助かります」
そしてルシアンは続けた。
「ただ、あなたの父には本当のことを話します」
バルグラムの視線が動く。
「事情があって変装していること、本来の名前」
「その上で、この姿と偽名を使うことを許してもらうつもりです」
バルグラムは数秒黙り――
小さく笑った。
「……律儀なやつだ」
「必要なことです」
ルシアンは淡々と答える。
そして二人は再び歩き出す。
岩場を越え、谷を抜ける。
やがて前方の岩壁の奥に、巨大な洞窟の入口が見えてきた。
ドワーフの集落。
岩山の内部に築かれた街。
その入口の前で、バルグラムが言った。
「行くぞ、レイヴン」
偽名を呼ぶ。
ルシアンはわずかに頷いた。
「ええ」
そして二人は、ドワーフの集落へと足を踏み入れた。




