第63話 sideバルグラム
第63話
鍛冶場のざわめきは、しばらくの間消えなかった。
金床の上には、完成したばかりの大斧が置かれている。巨大な刃は黒く輝き、地竜の鱗を思わせる紋様が淡く浮かび上がっていた。柄には濃い魔力が静かに流れており、ただそこにあるだけで空気が張り詰めている。
ドワーフたちは誰も触れない。ただ見ている。さっきまで疑いを向けていた視線は、完全に変わっていた。
「……本当にやりやがった」
「高純度の魔鉱石をここまで扱うとはな」
「ドゥルガンの名は伊達じゃねぇ」
低い声が交わされる。
バルグラムはそれを気にする様子もなく、静かに斧を持ち上げた。重さを確かめるように手の中でわずかに振る。刃はぶれない。魔力の流れも安定している。
(問題ない)
短く確認する。
斧を布で包み、脇に置く。周囲のドワーフたちはまだざわめいているが、バルグラムの意識はすでにそこにはなかった。
視線を鍛冶炉へ向ける。
そして歩き出す。
「……まだやるのか?」
近くにいたドワーフが思わず聞いた。
バルグラムは足を止めない。
「ああ」
短く答える。
「武器はもう出来たぞ」
「これは俺のだ」
それだけ言って、炉の前に立つ。
そして続けた。
「もう一つ、約束がある」
そう言ってマジックバックを開く。中から取り出された素材を見て、周囲のドワーフが再びざわめいた。
地竜の牙。
砕かれた鱗。
そして――まだ残っている高純度の魔鉱石。
「……まだ使うのか」
「贅沢すぎるぞ」
誰かが呟く。
だがバルグラムは何も言わない。素材を炉の前へ静かに並べる。そして火を入れる。
炎が再び唸り始めた。
魔力炉が低く震え、炉の中の温度が一気に上がる。赤く染まる鉱石の光が、鍛冶場の岩壁を照らす。
先ほどの鍛冶とは少し様子が違っていた。
大斧の時は、力強く叩き続ける鍛冶だった。だが今は違う。炉を見つめる時間が長い。火力を調整し、魔力の流れを読むようにゆっくり動く。
それを見ていた一人のドワーフが言った。
「……剣か」
まだ形はない。
だが鍛冶の手順で分かる。刃を伸ばす工程。厚みの作り方。これは斧ではない。
細い武器。
剣。
「誰のだ?」
別のドワーフが聞く。
バルグラムは赤く溶けた鉱石を炉から取り出し、金床へ置く。そしてハンマーを握る。
少しだけ考え――言った。
「……ガキだ」
それだけだった。
だがハンマーは迷わない。
ガンッ。
最初の一撃。
だがさっきとは違う。力任せではない。魔力を通すための叩き方だった。温度を何度も調整する。金属を冷まし、再び炉へ戻す。魔力をゆっくりと馴染ませる。
ドワーフの鍛冶は単なる金属加工ではない。
魔力を素材に刻み込む技術だ。
地竜の牙が削られ、刃の芯へと組み込まれる。鱗が溶かされ、金属と混ざる。魔鉱石の欠片がそこへ加えられ、静かに形を変えていく。
刃の輪郭はまだない。
だがバルグラムには見えていた。
(あのガキ……)
山岳地帯の奥で出会った少年。
普通ではない。
強さだけではない。纏っている空気が違う。あの危険地帯に一人で来る人間など、本来いるはずがない。
だが――
(……どこか危うい)
強い。だが安定している強さではない。
何かを背負い、何かを急いでいるような、そんな気配があった。
それでも――
目は、濁っていなかった。
だから約束した。
武器を打つと。
バルグラムは再びハンマーを振るう。
ガンッ。
火花が散る。
静かに、だが確実に、新しい刃が形を作り始めていた。




