第55話
第55話
空間は静まり返っていた。
三柱の神が、ルシアンを見ている。
威圧ではない。ただ、逃げ場のない問いだけがそこにある。
「その力で、何を為す」
ベルグラードの声が静かに響く。
ルシアンは迷わなかった。
「邪神を取り込みます」
短い答え。
だが空間はわずかに揺れた。
シルヴァリオンが続ける。
「取り込む……つまり倒すのではなく」
「自分が邪神になる、と」
「はい」
ルシアンは頷く。
「邪神の力を吸収し、自分が邪神になります」
ベルグラードが興味深そうに笑う。
「面白ぇこと言うな」
「その先は?」
ルシアンは続ける。
「ただ邪神を倒しても、世界は変わらないと思っています」
静かな声だった。
「今も魔族と人間は争っています」
「それだけではありません」
一拍。
「人間同士でも争っている」
シルヴァリオンが小さく頷く。
「……確かに」
ルシアンは言葉を続ける。
「邪神が倒されても、争いは残ります」
「いずれまた別の敵を作って戦うでしょう」
ラウネリスは黙って聞いている。
ただ観察している。
ルシアンは一歩踏み出す。
「だから変える必要があります」
「全世界の共通の敵を作る」
「それが自分です」
ベルグラードが息を吐く。
「……なるほどな」
ルシアンは続ける。
「自分が邪神となり、世界の敵になる」
「勇者、聖女、エルフ、ドワーフ、人間……すべての種族が協力しなければ倒せない敵として存在する」
シルヴァリオンが静かに言う。
「協力を“必要”にするわけか」
「はい」
ルシアンは答える。
「自分が倒されることで、世界は変わる」
「邪神という共通の敵を倒した経験が残る」
「それが次の時代の基盤になる」
沈黙。
だがシルヴァリオンが静かに口を開く。
「だが一つ、問題がある」
一拍。
「そもそも邪神を取り込んで、お前の自我が保てる保証はあるのか?」
ベルグラードが続ける。
「邪神ってのはただの力じゃねぇ」
「世界を壊す“意思”だ」
ラウネリスが短く言う。
「……侵食」
シルヴァリオンが続ける。
「取り込むつもりでも、逆に呑み込まれる可能性の方が高い」
「お前が邪神を操るのではなく」
「邪神がお前を操る」
ベルグラードが言う。
「そうなれば、お前の計画は終わりだ」
「ただ邪神が一体増えるだけだ」
静かな問い。
「それでもやるのか?」
ルシアンは迷わない。
「はい」
即答だった。
「その可能性も考えています」
三柱がわずかに反応する。
ルシアンは続ける。
「もし自分が邪神に取り込まれたとしても」
一拍。
「倒せるようにします」
ベルグラードの気配が揺れる。
「……どうやってだ?」
「その時が来るまでに」
ルシアンは言う。
「勇者や聖女が、確実に自分を倒せるだけの力を持つよう導きます」
シルヴァリオンが静かに目を細める。
「導く、か」
「はい」
「邪神を倒せる戦力が世界に必要です」
「それを用意する」
ラウネリスが短く呟く。
「……保険」
ルシアンは頷く。
「自分が失敗しても」
「世界は終わらない」
沈黙。
ベルグラードが、ゆっくり笑う。
「はは」
「そこまで考えてやがるか」
シルヴァリオンも静かに言う。
「……確かに」
「覚悟だけではなく、備えもある」
ラウネリス。
「……十分」
三柱の気配がわずかに緩む。
ベルグラードが前に出る。
「よし」
「決まりだな」
声は穏やかだった。
「そこまで覚悟があるなら」
「俺たちの力をくれてやる」
シルヴァリオンが続ける。
「消えかけの存在ではあるが」
「力そのものは残っている」
ラウネリス。
「……受け取れ」
三柱の神の気配が、静かに動いた。
空間の魔力が揺れる。
ルシアンは動かない。
ただ、その瞬間を待っていた。




