第53話
第53話
封印の地点に戻った時、空気は変わっていなかった。濃い魔力の中に沈む、あの不自然な静けさ。周囲は乱れているのに、中心だけが凪いでいる。
ルシアンは足を止める。
(……ここだ)
バルグラムはいない。約束通り、互いに別行動。ここから先は一人だ。
視線を落とし、ゆっくりと手をかざす。触れる直前で分かる。弾かれる“壁”の感覚。表層だけでも、常識的な干渉は受け付けない構造。
(……複層構造か)
薄く重なっているのではない。層が幾重にも折り重なり、それぞれが独立して機能している。どれか一つを壊しても意味はない。全体が連動している。
普通なら、解けない。
ルシアンは目を閉じる。
(……喰える)
壊すのではない。削る。取り込む。構造ごと崩す。
イクリプス。
手を触れさせる。
黒が、静かに流れ込む。
瞬間――反発。
強い。これまで触れてきたどの対象よりも明確な“拒絶”。ただの防御ではない。意思に近いものすら感じる。
(……問題ない)
押し切る。
黒を深く、さらに深く流し込む。表層を削る。だが、すぐに下から新しい層が現れる。終わりが見えない。
(想定通りだ)
だから止めない。
削る。削る。削る。
時間をかける前提。焦る必要はない。だが、緩める理由もない。
魔力の流れを読み、層の繋がりを把握する。どこを崩せば全体に影響が出るか。構造を“理解”しながら喰らう。
(……ここだな)
一点。わずかに歪んだ接続部。
そこへ黒を集中させる。
抵抗が強くなる。だが関係ない。削る量を上回るように、流し込む。
軋む。
空気が震える。
山そのものが、わずかに鳴る。
(通る)
確信。
さらに押し込む。層が崩れ始める。一つ、二つ、連鎖的に歪む。
――弾ける。
音はない。ただ“境界”が消える感覚。
ルシアンは目を開けた。
目の前に、裂け目がある。空間が歪み、奥へと続いている。外と内が完全に分断された領域。
(……開いたか)
だが完全ではない。通れる程度に崩しただけ。放置すればいずれ元に戻る構造。
問題ない。
ルシアンは一歩踏み出す。
境界を越える。
瞬間、世界が切り替わる。
音が消える。風もない。温度も曖昧になる。
ただ――
濃い。
外の山岳地帯とは比較にならない密度。重いどころではない。魔力が“満ちている”。空間そのものが魔力で構成されているかのような感覚。
(……これが内側か)
足元は石ではない。だが地面はある。広い。暗い。奥が見えない。
そして――
(……いるな)
気配。
複数。
だが敵意ではない。
静かに“待っている”ような感覚。
ルシアンは足を止めない。
奥へ進む。
ここまで来て、迷う理由はない。
(……行くか)
求めていたものは、この先にある。
そしてその先で、すべてが変わる。
ルシアンは一度も振り返らず、封印の内側へと足を進めていった。




