第50話
第50話
地竜の咆哮が山岳を震わせる。空気が押し潰されるように重くなり、魔力が波のように押し寄せる。それでもなお、巨体は崩れない。
(……まだ足りない)
削れている。確実に通っている。だが決定打には届かない。削る速度と再生が拮抗している。このままでは押し切られる。
正面ではバルグラムが踏み止まっていた。大斧で前脚を受け流し、軌道を逸らしながらも、その衝撃を完全には殺しきれない。足場が砕け、体がわずかに沈む。
「……長くは持たねぇぞ!」
「分かっています」
短く返す。思考はすでに切り替わっていた。
(削り切れないなら――引き上げる)
限界まで出す。それ以外にない。
一歩踏み込む。これまでより深く、躱すのではなく“内側へ潜る”動き。同時に、抑えていた魔力を解放する。
雷が走る。風が巻く。
体表を走る電光と、足元を押し出す風圧。あの時と同じ――だが違う。
(……制御できている)
荒れない。暴れない。すべてが意図した形で収まっている。
バルグラムが一瞬だけ目を見開く。
「……っ、その力……!」
だがルシアンは答えない。そのまま踏み込む。風を纏い、速度が跳ね上がる。これまでとは別次元の加速で、地竜の懐へ入り込む。
噛みつきが来る。だが遅い。軌道を見切り、半歩ではなく“滑り込む”ように外す。そのまま拳を叩き込む。
雷が走る。鱗を通して内部へ伝わる。
続けて肘、膝、蹴り。すべてに雷を乗せる。
(外から通らないなら――内側へ通す)
触れるたびにイクリプスを流す。殴ると同時に削る。蹴ると同時に喰らう。
近接格闘と捕食を同時に叩き込む。
地竜が暴れる。尾が横薙ぎに振り抜かれる。だが離れない。風で軌道をずらし、密着を維持する。
(……削れる)
明確に、これまでよりも。雷が内部に干渉し、黒の食い込みが加速する。それでもまだ足りない。抵抗は強い。魔力の量が違う。
「そいつを抑える!」
バルグラムが踏み込む。正面から圧を受け止める。斧を叩きつけ、視線を固定する。
「……任せろ!」
その一言で十分だった。
ルシアンはさらに踏み込む。今度は回避を捨てる。振り下ろされる前脚の内側へ入り込み、両手を叩きつける。
そのまま――黒を解き放つ。
(喰らえ)
流すのではない。叩き込む。ねじ込む。
雷が貫き、風が押し込み、黒が内側へ侵食する。
地竜が咆哮する。魔力が爆発するように膨れ上がる。圧がさらに増す。それでも押し切る。制御されているからこそ止まらない。
すべてを一点に集中する。
(……まだ奥だ)
抵抗の層を突き破る。さらに内側へ。噛み砕くように。
その瞬間――
(……届いた)
“芯”に触れる。
「……そこだッ!!」
バルグラムが吠える。全力の踏み込み。大斧が振り下ろされる。
同時だった。
黒が食い込み、雷が貫き、風が押し込む。
そして――斧が叩き込まれる。
鈍い破砕音。
鱗ではない。内部が砕ける音。
地竜が最後に暴れる。尾が、前脚が、無差別に振り下ろされる。岩が砕け、山が揺れる。
それでも離れない。
喰らい続ける。
やがて――抵抗が消える。
魔力が途切れる。
巨体が揺れ、そのまま崩れ落ちた。
地面が震え、風が抜ける。
静寂。
雷が消え、風も収まる。
ルシアンはその場で小さく息を吐いた。
(……制御できている)
あの時とは違う。暴走も反動もない。ただ使い切っただけだ。
バルグラムが肩で息をしながら、呆れたように口を開く。
「……素手であれを殴りに行くか、普通」
「効率がいいので」
「馬鹿か」
短いやり取り。だがその声には、どこか笑いが混じっていた。
視線を上げる。
奥に広がる鉱脈。高純度の魔鉱石が、静かに光を帯びている。
「……行くぞ」
「ええ」
二人は歩き出す。
戦いは終わった。




