第42話
第42話
山岳地帯のさらに奥。魔力の密度は一段と濃くなり、空気は重く、肌にまとわりつくようだった。流れは乱れ、視界すらわずかに歪む。
(……近い)
歪みは確実に強くなっている。だが同時に、魔物の気配も濃い。
その時――鈍い衝撃音と岩を砕く音が重なった。
(……戦闘)
気配を辿る。数は四。(……Sが三)
足が自然と速くなる。岩場を抜けた先、視界が開ける。
そこにいたのは一人のドワーフ。巨大な斧を振るい、三体の魔物と対峙している。マウンテンオーガ、ストーンリザード、そして上空を旋回するハーピー。いずれもSランク相当。
ドワーフは押されていた。斧は重く鋭いが、三方向からの圧に対して余裕がない。呼吸は荒く、足運びもわずかに遅れている。オーガの一撃を受け流した直後、リザードが死角から潜り込み、さらにハーピーが降下の機を窺う。
(……崩れるな)
ルシアンは踏み込んだ。
まず上。ハーピーが降りる軌道へ割り込み、爪を半歩で外して間合いへ。斬る。だが浅い。翼の一部を裂いた程度で止まる。個体の硬さと魔力密度の高さが邪魔をする。ハーピーは体勢を崩しつつ距離を取ろうとする。
(逃がすか)
さらに踏み込み、触れる距離へ。黒を流し込む。だが一気には喰い切れない。抵抗が強い。削る。魔力を奪い、動きを鈍らせる。その隙に喉元へ二撃目。ようやく沈黙する。
すぐにリザードへ視線を切り替える。
ストーンリザードはすでにルシアンへ標的を変えていた。地面を蹴り、低く滑るように間合いを詰めてくる。爪が振り上がる。
半歩で外す。衝撃が地面を砕く。
踏み込む。首元へ斬撃。だが――止まる。
(……やはり硬い)
刃が岩のような鱗に弾かれる。浅い傷しか入らない。即座に距離を取る。次の瞬間、尾が横薙ぎに振り抜かれる。空気を裂く音。
屈む。掠める。体勢を崩さず、再び間合いへ。
今度は腕へ触れる。黒を流す。内側から削る。だが反応が鈍い。
(抵抗が強い……密度が高いな)
魔力の流れが重い。削れてはいるが遅い。リザードが噛みつく。顔を捻って回避。距離を取らせないよう踏み込む。
もう一度、触れる。今度は長く、深く流し込む。黒が食い込む感覚。確実に内側を削っている。
だが――
(まだ足りない)
リザードが暴れる。地面を叩き、岩片が飛ぶ。視界が一瞬遮られる。その中で、ルシアンは動きを止めない。足運びで位置をずらし、再び死角へ回る。
斬る。今度はわずかに深い。鱗が削れ、内部へ届く。
そこへ、さらに触れる。黒を重ねる。削る。削る。削る。
動きが鈍る。
(……通った)
一瞬の硬直。
その隙に踏み込み、首元へ深く斬り込む。骨を断つ感触。巨体が揺れ、そのまま崩れ落ちる。
ようやく沈黙。
その間に、オーガはドワーフと正面でぶつかっていた。斧と腕がぶつかり、衝撃が走る。だがドワーフの消耗は明らかだった。
オーガが吠え、踏み込む。重い一撃。受け流しきれず体勢が崩れる。
そこへルシアンが横から入る。斬る。浅い。だが目的は逸らすこと。視線が一瞬こちらへ向く。
その隙にドワーフが踏み込む。全力の横薙ぎ。骨ごと砕く音。巨体が傾ぐ。
それでも倒れない。
(硬いな)
ルシアンが間合いへ。触れる。黒を深く流し込む。内側から削る。抵抗は強いが、確実に弱る。
ドワーフがもう一度斧を振るう。今度は首元へ。断つ。
巨体が崩れ、完全に沈黙する。
静寂が戻る。風だけが通り抜ける。
ドワーフが斧を地面に立て、荒く息を吐いたまま口を開く。
「……横から入るなら、一声かけろ」
低いが、苛立ちよりは確認に近い声音。
「崩れる前でした」
ルシアンは淡々と返す。
短い応酬。ドワーフは鼻を鳴らす。
「……ガキが来る場所じゃねぇ。迷ったか?」
「いいえ。目的があって来ています」
視線がぶつかる。探るような沈黙が一拍。
「……その動きでガキは無理があるな」
ドワーフの目が細くなる。
(纏う雰囲気も普通じゃねぇな)
ルシアンは何も答えない。だが逸らさない。
ドワーフは小さく息を吐く。
「まあいい。助かったのは事実だ」
それだけ言って、改めて向き直る。
「……バルグラム・ドゥルガンだ」
ルシアンは短く頷く。
「ルシアンです」
名を交わす。それで十分だった。
濃い魔力の中、二人はようやく正面から対峙した。




