第409話
第409話
大規模試験も、残すところあと半月。
ルミナス騎士団本部。
第一隊の訓練場では、レオンが一人で剣を振っていた。
「ふっ!」
一振り。構え直す。もう一振り。
教えられたことを思い出しながら、一つ一つ動きを確かめていく。
「…………」
そんなレオンを、ユリウスは少し離れた場所から眺めていた。
今日も同じ。
時間があれば剣を振っている。
何度も、何度も、飽きもせずに。
今の訓練場には、たまたま二人しかいなかった。
「はぁっ!」
レオンが再び剣を振る。
「…………」
ユリウスがその様子を眺めていると。
「――?」
ふと、訓練場の入口へ目を向けた。
一人の少年がこちらへ歩いてくる。
銀髪。
自分たちとそれほど歳の変わらない少年。
手には荷物を抱えていた。
「…………」
ユリウスが目を細める。
何だ?
レオンも少し遅れて気づいた。
「あれ?」
剣を止める。
「ルシアン!」
「レオン。ここにいたんですね」
少年が近づいてくる。
そして、ユリウスへ視線を向けた。
「初めまして。ルシアンです。現在は第四隊でお世話になっています」
「…………」
「こいつはユリウス」
レオンが紹介する。
「ユリウス・クロイツ。ライナーさんの息子なんだ」
「第一隊隊長の?」
「ああ」
「なるほど。よろしくお願いします」
「……よろしく」
ユリウスが答える。
「ルシアンはどうしたんだ?」
「第四隊の方に頼まれて、第一隊へ荷物を届けに来たんです」
「荷物?」
「はい。ただ、どこへ持っていけばいいのかまでは聞いていなくて」
「じゃあ、俺が聞いてくるよ」
「お願いします」
「ちょっと待っててくれ」
レオンが訓練場を出ていく。
残されたのは二人。
「…………」
ユリウスはルシアンを見ていた。
先ほどからずっと、目を離せない。
何だこいつは。
「…………」
おかしい。
何かが。
だが、何がおかしい?
分からない。
姿を見れば、ただの学生。
立ち方にも不自然なところはない。
魔力も、気配も、何もかもが目の前の少年が一人の人間であることを示している。
なのに、違和感が消えない。
「……あの」
ルシアンが困ったように口を開く。
「そんなに見られると落ち着かないのですが」
「…………」
「何か?」
ユリウスは答えない。
自分は、見れば大抵のことは分かった。
剣を見れば、どう身体を動かしているのか、どこに力を入れているのか。
魔法を見れば、どう魔力を動かしているのか。
一度見れば、その多くを理解できる。
人間だって同じだった。
父であるライナー。
総長ヴィクトール。
自分より遥かに強い者たちでさえ、今の自分では勝てない。
そう理解できる。
何が優れているのかも、何となく分かる。
だからこそ、いつか追いつけると思える。
だが、目の前の男は分からない。
強いのか、弱いのか、何が得意なのか、どう戦うのか。
見えているはずなのに、何一つとして、はっきりと掴めない。
まるで見えているものと、その奥にある何かが噛み合っていない。
チグハグな存在。
自分の理解の外側にいる。
そんな感覚。
こんなことは初めてだった。
「……お前」
「はい?」
「お前は一体、何なんだ」
「…………」
ルシアンが瞬きをする。
「何だと言われましても、さっき自己紹介はしたのですが」
「そういうことじゃない!」
声が大きくなる。
ユリウス自身が一番驚いていた。
普段なら、分からないものがあったとしても、気にすることなどない。
いずれ分かる。
そう思って終わる。
だが、目の前の男は違った。
「…………」
見えない。
どれだけ見ても。
底が全く見えない。
なんなんだ、この人は。
本当に、人なのか?
「……すみません。何を聞かれているのか、よく分からないのですが」
ルシアンが少し困った表情を浮かべる。
その表情すら。
ユリウスには妙に引っかかった。
「…………」
問い詰めようとした。
その時。
「ルシアン!」
レオンの声。
二人がそちらを見る。
第一隊の騎士を一人連れて戻ってきていた。
「この人が分かるって」
「助かります」
「第四隊からの荷物ってそれか?」
騎士が尋ねる。
「はい」
「なら、こっちまで運んでくれ」
「分かりました」
ルシアンが騎士についていく。
「では、レオン。また後で」
「ああ!」
「ユリウスさんも、また」
「…………」
返事はしなかった。
ルシアンが訓練場から離れていく。
その姿が見えなくなるまで。
ユリウスはじっと見つめていた。
「ユリウス?」
「…………」
「どうした?」
再び二人だけになる。
「レオンさん」
「ん?」
「あの人は何?」
「ルシアンのこと?」
「うん」
レオンは不思議そうな顔をする。
「俺の仲間だよ」
「仲間……」
「そう」
レオンが笑う。
「いつも俺たちはルシアンに助けられてばかりなんだ」
「…………」
「だから俺たちも強くなって、ルシアンを助けられるようにならないと」
「あれを助ける?」
ユリウスが呟く。
「助けなんて必要ないでしょ」
「ん?」
レオンが首を傾げる。
「何か言ったか?」
「何でもない」
ユリウスは視線を逸らす。
「それより、素振りを続けたら?」
「え?」
「強くなるんでしょ?」
「……そうだった」
レオンが剣を握り直す。
「よし!」
構える。
そして。
「はぁっ!」
再び剣を振り始めた。
一度、二度、三度。
「…………」
ユリウスはもうレオンを見ていなかった。
ルシアンが立ち去った方向。
そこを睨む。
分からない。
見ても、考えても、何一つ掴めなかった。
「……ルシアン」
小さく、その名を呟く。
生まれて初めて出会った。
自分が見ても理解することのできない存在。
ユリウスの意識は、いつの間にかレオンだけではなく、ルシアンにも向けられ始めていた。




