第40話
第40話
山岳地帯へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。冷たい。だがそれ以上に重い。
(……濃い)
魔力の密度が明らかに違う。吸い込むだけで分かるほどに質が高い。体の内側に流れ込む感覚が、わずかに重くなる。
視線を巡らせる。岩肌、切り立った崖、不安定な足場。人が通る前提ではない地形。自然そのものが壁になっている。
(ここから先は、完全に別領域だな)
気配が動いた。上。
岩壁に張り付いていた影が剥がれ、ストーンリザードが落下してくる。爪が振り下ろされる瞬間、半歩ずらす。衝撃が地面を砕く。
踏み込み、首元へ斬撃。だが浅い。
(硬い)
即座に距離を詰め、腕に触れる。黒が食い込み、内側から削る。抵抗は強い。だが止まらない。
魔力を奪い、構造を崩す。
動きが鈍る。
その一瞬で首を断つ。
崩れる。
(……今までより、明確に上だ)
同じBランクでも質が違う。魔力密度の影響。環境そのものが魔物を強くしている。
足を止めず進む。
風が強くなる。足場は狭く、崩れやすい。落ちれば終わりだが、問題ではない。
上空に気配。
ハーピーが五体、旋回している。
(群れでB相当……この環境だとそれ以上か)
鳴き声と同時に急降下。
一体目を斬り落とす。二体目は回避から切り上げる。三体目が背後から来る。
振り向かず、手を伸ばす。
触れた瞬間、黒が噛みつく。
抵抗は一瞬で途切れ、存在が崩れる。
残り二体が距離を取る。だが遅い。風を足元に流し、一気に詰める。片方を斬り、もう一体を叩き落とす。
静寂。
(……効率は上がっている)
無駄がない。判断も早い。イクリプスの制御も安定している。
だが――
(まだ足りない)
感覚は変わらない。
その時、別の気配。
重い。ゆっくりだが確実に圧を伴う。
岩陰から現れたのはマウンテンオーガ。Aランク。通常個体よりも一回り大きい。
視線が合う。
次の瞬間、踏み込んでくる。
速い。
振り下ろされる腕を最小限で躱す。地面が砕け、破片が飛ぶ。距離を詰め、脇腹へ斬撃。だが浅い。
(耐久が高い)
なら削る。
一度離れ、再び突進に合わせる。すれ違いざま、腕に触れる。黒が食い込み、内側から削る。
魔力を奪う。
筋力が落ち、動きが鈍る。
それで十分だった。
二度目の突進は明らかに遅い。正面から踏み込み、首元へ深く斬り込む。血が噴き出す。それでも倒れない。
(なら――)
踏み込み、触れる。
今度は深く。
黒が食い込み、内側から喰い破る。抵抗は強いが、押し切る。魔力ごと削り取る。
巨体が揺れ、崩れる。
沈黙。
(……問題ない)
Aランクも安定して処理できる。時間はかかるが、負けはない。
視線を上げる。
山はさらに奥へ続いている。魔力は濃く、空気は重い。
その中で――
(……何かあるな)
違和感。
魔力の流れが、わずかに歪んでいる場所がある。自然ではない。だがはっきりとは掴めない。
広い。範囲が大きすぎる。
(すぐには見つからないか)
想定内。
足を進める。
魔物の気配はさらに増え、地形も険しくなる。だが迷いはない。
(ここから先だ)
目的は、この奥。
ルシアンは一度も振り返ることなく、さらに深く山岳地帯へと踏み込んでいった。




