第39話
第39話
王都を出てから、一ヶ月が経っていた。
徒歩での移動。休息と戦闘、意図的な迂回。そのすべてが積み重なり、距離以上に時間がかかっている。すでに国境は越えていた。アルケシア王国の外。管理の行き届かない土地では道も曖昧になり、魔物の気配は明確に濃くなっている。
視界の先には山岳地帯。鋭く連なる岩肌。空気は冷え、風も強い。
(……着いたか)
正確には入り口。ここから先が本番だった。
その時、空気がわずかに乱れる。
(……来る)
上からの気配。羽音。ハーピーが四体、低空を滑るように接近してくる。単体ならCだが、群れればB相当。
ルシアンは動かない。一体目が突っ込む。爪を最小限で躱し、踏み込みと同時に一閃。翼を断たれ、落ちる。続けて二体目が急降下するが、視線だけで捉え、同じく斬り落とす。
残り二体は距離を取り、鳴き声で連携を取る。左右から挟む動き。
(悪くない)
だが遅い。片方へ踏み込み、間合いを潰す。触れた瞬間、黒が食い込む。喰らう。抵抗は一瞬で途切れ、存在ごと崩れる。もう一体は怯み、逃げに入るが、風で加速して距離を詰め、そのまま斬り落とした。
静寂が戻る。
(……問題ない)
流れ込む力を確認する。無駄が減り、効率は確実に上がっている。だが、それでも足りない。
その時、別の気配が近づく。重い。ゆっくりだが確実に圧を伴っている。
岩陰から現れたのはグレイベア。Aランク。低く唸り、次の瞬間には突進してくる。巨体に似合わぬ速度。
ルシアンは横へずれる。地面が砕け、衝撃が走る。振り下ろされる前脚を躱しながら間合いへ入り、斬る。だが浅い。
(硬いな)
一撃では落ちない。なら削る。
距離を取り直し、再び突進してきた瞬間に合わせて踏み込む。すれ違いざまに腕へ触れる。黒が食い込み、内側から削るように力を奪う。
(抵抗が強い)
だが確実に削れている。動きが鈍る。それで十分だった。
三度目の突進は明らかに遅い。ルシアンは正面から踏み込み、首元へ深く斬り込む。血が噴き出す。それでも倒れない。反撃が来るが、すでに見えている。回避。
そしてもう一度、間合いへ。
触れる。
今度は逃がさない。黒が深く食い込み、内側から喰い破る。抵抗はあったが、押し切る。巨体が揺れ、崩れ、そのまま地に沈んだ。
完全に沈黙。
ルシアンは静かに息を吐く。
(……問題ない)
Aランクも確実に処理できる。時間はかかるが、負ける要素はない。
視線を上げる。山岳地帯は目前だった。岩と風と、濃い魔力。
(ここから先だ)
ドワーフの山岳地帯。その奥にある場所。神に示された地点。
足りないものが、そこにある。
ルシアンは歩き出す。風は冷たく、空は高い。だが足は止まらない。ただ前へ。




