第399話
第399話
ルミナス騎士団に来てから、一週間が経った。
アーカディアの学生たちは、それぞれ配属された隊で任務をこなしている。
とはいえ、まだ試験は始まったばかりだ。
各隊も学生たちがどこまでやれるのかを見極めている段階であり、最初から危険度の高い任務を任されているわけではない。
第一隊に配属されたレオンたちも同様だった。
グランヴェル、レオン、レティシアの三人は前線。
シャロンとディオンはその少し後方。
それぞれ第一隊の騎士たちと行動しているが、この一週間で相手にしたのは魔族領に生息する魔物がほとんどだった。
魔族との戦闘は、まだ一度も起きていない。
そんな中、第一隊とは違った意味で忙しい日々を送っている者たちもいた。
「右から来る!」
「分かっています!」
テオドールが杖を向ける。
風が吹き荒れ、迫っていた魔物の動きを止める。
そこへ。
「遅い」
ヴィオラが踏み込んだ。
鋭い一突き。
魔物が地面へ倒れる。
「判断してから魔法を使うまでが遅すぎる。今の距離なら、もっと早く動いて」
「……はい」
「まあまあ」
アリシアが苦笑する。
「ちゃんと止められたんだから、悪くはなかったよ」
「アリシア。甘やかさないで」
「甘やかしてないですよ。ね?」
「俺に聞かないでください……」
テオドールが疲れたように答えた。
第四隊。
ルシアンとテオドールが配属された隊だ。
この一週間、二人は毎日のように各地を移動していた。
第二隊が魔物の群れと交戦していれば、その増援へ。
第五隊が大型魔物の討伐に向かえば、周囲に集まる魔物の処理へ。
他にも物資の護衛や周辺の警戒など、任される仕事は多い。
決まった場所で戦い続けることはほとんどなかった。
「また来ましたね」
ルシアンが言った。
「え?」
テオドールが振り向く。
その時には、既にルシアンが動いていた。
木々の間から飛び出した魔物。
その首へ剣が走る。
一体。
続けて二体目。
さらに奥から迫ってきた魔物へ魔法を放つ。
倒れた。
「相変わらず早いね」
アリシアが感心したように言う。
「そうですか?」
「そうだよ。こっちが動く前に終わってることも多いし」
「たまたまですよ」
「毎回たまたまは通らないよ」
レイモンドが横から口を挟む。
「はは……」
ルシアンは笑って誤魔化した。
「……なんでそんなに余裕なんだ?」
テオドールが呟く。
「慣れじゃないですか?」
「俺も同じだけ動いてるはず……」
この一週間、ルシアンはほとんど疲れを見せていなかった。
対して、テオドールは違う。
任務についていくだけでも精一杯だった。
聖国リュミエルでの修行を経て、テオドールも以前より遥かに強くなっている。
それでも、第四隊の騎士たちと同じように動けるわけではない。
戦闘、移動、状況判断。
そして、次の場所へ。
一つの任務を終えても、それで一日が終わるとは限らない。
「テオドール」
「はい!」
「前を見て」
ヴィオラの声。
すぐにテオドールが杖を構える。
前方から魔物が迫っていた。
「今度こそ……!」
魔力を集める。
雷が走った。
魔物を直撃。
その身体が地面へ落ちる。
だが、後ろからもう一体。
「っ!」
テオドールが振り向く。
間に合わない。
そう思った瞬間、魔物が横へ吹き飛んだ。
「周囲を見る癖をつけた方がいいね」
レイモンドだった。
「……ありがとうございます」
「気にしなくていいよ」
そう言って、レイモンドは再び周囲へ視線を向ける。
ヴィオラがテオドールを見る。
「今のは駄目」
「……はい」
「一体倒して安心したでしょ?」
「しました……」
「戦闘が終わったと判断するまでは気を抜かないで」
「はい」
「まあ、次に同じことをしなければ大丈夫だよ」
アリシアがテオドールの肩を軽く叩く。
「最初から全部できる人なんてほとんどいないんだから」
「ありがとうございます」
「だから甘やかさないで」
「ヴィオラさんは厳しすぎるんですよ」
「死なれるよりはいいでしょ」
「それはそうですけど」
二人のやり取りを聞きながら、テオドールが小さく息を吐いた。
「大変ですね」
隣からルシアンが声をかける。
「他人事みたいに言わないでくれ」
「実際、私は怒られていませんから」
「それが腹立つんだよ!」
ルシアンが笑う。
この一週間、基本的にルシアンとテオドールは、ヴィオラ、アリシア、レイモンドの三人と行動していた。
第四隊の中でも実力のある三人だ。
学生である二人に万が一が起こらないようにするためでもある。
ルシアンは問題なく任務をこなしている。
一方のテオドールは何度も三人の助けを借りていた。
それでも。
「最初の日よりは良くなっているよ」
レイモンドが言った。
「本当ですか?」
「ああ。少なくとも、我々についてくるだけで一日が終わる状態ではなくなった」
「それ、褒めてます?」
「もちろん」
少しだけ怪しい。
だが、テオドールも自分が少しずつ慣れてきていることは感じていた。
そして、一週間が経ったことで、第四隊も二人ならもう少し危険な任務へ連れて行けると判断した。
その日の朝、ルシアンとテオドールは、いつもの三人だけではなく、複数の第四隊の騎士たちと共に本部を出た。
目的地は第三隊が守る拠点。
魔族領との境界に近い場所に築かれた防衛拠点の一つだった。
森の中を進む。
これまでより人数が多い。
そして、どこか空気も違う。
「テオドール」
「はい」
移動中、ヴィオラが声をかけた。
「今回の任務は今までと同じだと思わないで」
テオドールの表情が引き締まる。
「第三隊が守る拠点への援護ですよね?」
「ええ」
ヴィオラが頷く。
「でも、今回は魔族と交戦する可能性がある」
「……魔族と」
「この一週間、あなたたちが戦ってきたのはほとんどが魔物だった」
「はい」
「魔族との戦闘は別物よ」
ヴィオラが前を向いたまま続ける。
「こちらの動きを観察し、考え、連携してくる。魔法を使う者もいる」
テオドールが杖を握り直す。
「だから、勝手な判断はしないで」
「分かりました」
「特に危険だと判断した場合、こちらから下がるよう指示することがある」
「……はい」
「その時は必ず従って。自分ならまだ戦える、などとは考えないように」
「はい!」
今度ははっきりと答えた。
ヴィオラがルシアンへ視線を向ける。
「ルシアンも」
「もちろんです」
「……あなたはあなたで、何でもできるから勝手に動きそうで心配なの」
「信用がありませんね」
「この一週間を見た上で言っているの」
ヴィオラがため息をつく。
アリシアが小さく笑った。
「二人とも、今日はちゃんとヴィオラさんの言うこと聞いてね」
「はい」
「分かっています」
「ならいいです」
レイモンドが前方へ目を向ける。
「そろそろだよ」
木々の向こう。
第三隊が守る拠点の姿が見え始めた。
テオドールの表情から、それまでの僅かな緩さが消える。
これまでとは違う任務。
魔物だけではなく、魔族と戦う可能性のある場所へ。
第四隊の一行は、そのまま第三隊の拠点へと向かっていった。




