第393話
第393話
大規模試験まで、あと六日。
翌日の放課後。
レオンたちはいつものように訓練場へ集まっていた。
「レオン」
「ん?」
準備をしていたレオンへ、ルシアンが声をかける。
「今日から少し、あなたの訓練方針を変えます」
「訓練方針?」
「はい」
ルシアンは訓練用の剣を一本手に取った。
「聖国リュミエルでの三ヶ月を含めて、基礎能力はかなり向上しました。ルーチェとの連携も以前とは比べものになりません」
「……そっか」
レオンは自分の手を見る。
強くなった。
それは自分でも感じている。
三ヶ月前の自分とは違う。
ラグナルとの修行、仲間たちとの模擬戦。
何度も限界まで身体を動かした。
確実に強くなっている。
それでも。
――まだ足りない。
「どうしました?」
「いや」
レオンは顔を上げる。
「続けてくれ」
「……分かりました」
ルシアンは僅かにレオンを見てから続ける。
「これからは、より実戦に近い形式で訓練を行います」
「実戦に近い?」
「昨日の私とカイン先輩の戦いを覚えていますね?」
「もちろん」
忘れるはずがない。
昨日のルシアンは、レオンの戦闘スタイルを模倣してカインと戦った。
剣術だけではない。
ルーチェとの連携まで、光魔法を使って再現していた。
「あれと同じことを、今後はあなたとの模擬戦で行います」
「ってことは……」
「私は毎回、誰かの戦闘スタイルを模倣して戦います」
「毎回違う相手と戦うようなものか?」
「そう考えてもらって構いません」
剣士、魔法使い、魔法剣士、速度を武器にする者、防御を得意とする者。
実戦では、どのような敵と遭遇するか分からない。
「実戦で自分にとって戦いやすい相手ばかりが出てくるわけではありません」
「ああ」
「だから今のうちに、できるだけ多くの戦闘スタイルを経験してください」
「戦いながら相手を観察し、特徴を掴む。そして、その場で対応する」
「今後はそういった能力も鍛えていきます」
「分かった」
レオンは迷うことなく頷いた。
「やろう」
「随分と乗り気ですね」
「当たり前だろ」
レオンが剣を握る。
「強くなれるなら、何だってやる」
「…………」
ルシアンが僅かに目を細めた。
「焦ってはいませんか?」
「……少しはな」
否定しなかった。
だが。
「無茶するつもりはないよ」
聖国を発つ前、アウグストに言われた言葉を覚えている。
一人で全てを背負う必要はない。勇者レオンには仲間がいる。一人でできることなど、たかが知れている。仲間と共に強くなりなさい。
その通りだと思った。
自分一人で何もかも背負おうとは思わない。
フィアナが、ガイウスが、テオドールが、ノエルが、そしてルシアンがいる。
だから。
――あんな未来は嫌だ。
一瞬、あの日見た光景が脳裏を過ぎる。
荒れ果てた大地で泣いている仲間たち。
自分の腕の中で血塗れになったルシアン。
失われた左腕、身体には大きな傷、虚ろな瞳。
何度呼びかけても、何度名前を呼んでも反応しない。
「…………」
レオンが剣を強く握った。
あれが本当に未来なのかは分からない。
ただの幻だったのかもしれない。
疲労によって見た夢のようなものだったのかもしれない。
それでももし、あれが本当に未来なのだとしたら。
変えたい。
絶対に。
「レオン?」
「大丈夫」
レオンが笑う。
「ちゃんと分かってるよ」
一人で背負わなくていい。
だからといって、仲間に背負わせていいわけでもない。
「もっと強くなりたいだけだ」
「……そうですか」
「ああ」
ルシアンは数秒だけレオンを見つめた。
そして。
「では、始めましょう」
「ああ!」
レオンの傍らに光が集まる。
中位精霊ルーチェが姿を現した。
「レオン!」
「ルーチェ、今日も頼む!」
「ウン! レオン、イッショニガンバル!」
「ああ!」
ルシアンはもう一本、訓練用の剣を手に取った。
「二本……」
それだけでレオンには分かった。
「最初はアルト先輩です」
「やっぱりか」
二年生最後に行われる武闘大会の準決勝。
そこで戦うことになる相手。
「ちょうどいい」
レオンの目に闘志が宿る。
「やろう」
◇
ルシアンが構えた。
その瞬間。
「…………」
レオンの目が僅かに見開かれる。
綺麗だ。
背筋は真っ直ぐに伸び、重心には一切の乱れがない。
二本の剣を持っているにもかかわらず、左右の均衡は完璧。
戦うための姿勢であるはずなのに、一つの完成された型のように美しい。
「……似てるな」
「そうですか?」
「ああ」
戦ったことがあるからこそ分かる。アルトだ。
「では」
二本の剣が僅かに動く。
「始めましょう」
「ああ!」
レオンが飛び出した。
「ルーチェ!」
「ウン!」
光弾。
ルシアンが右の剣を振る。
一閃。
光弾が両断された。
だが、レオンは既に懐へ入っている。
「そこ!」
ガキンッ!
左の剣で受け止められる。
直後。
「正面だけ見ない」
「っ!」
右の剣。
レオンが身体を逸らす。
刃が鼻先を通過した。
即座に後退。
ルシアンが追う。
一撃、二撃、三撃。
「くっ……!」
速く正確で無駄がない。
だが、レオンは食らいつく。
(見ろ)
剣だけではない。
(全部見るんだ)
肩、腰、足、重心。
聖国で何度も教えられた。
そして、未来視。
僅か先の未来を視る。
右、左、右。
「見えた!」
一撃目を受け流し、二撃目を避け、三撃目へ剣を合わせる。
「ルーチェ!」
「マカセテ!」
側面から光。
だが、ルシアンは半歩だけ身体をずらす。
回避。
「まだ!」
レオンが踏み込む。
今までなら、ここで一度退いていた。
だがもう一歩、前へ。
「…………」
ルシアンの目が僅かに動いた。
右の剣。
レオンが受ける。
左の剣。
「っ!」
避ける。
ルーチェの光。
「イクヨ!」
同時攻撃。
それでも届かない。
二本の剣が滑らかに動く。
レオンの剣が弾かれ。
首筋へ刃が添えられた。
「…………」
「ここまでですね」
「……参った」
ルシアンが剣を下ろす。
「くそっ」
レオンは悔しそうに剣を見る。
昨日、ルシアンが模倣した自分の戦い方。
今日、模倣したアルトの戦い方。
分かっていた。
まだ。
自分には足りないものが多すぎる。
「悪くありませんでしたよ」
「でも負けた」
「訓練ですから」
「分かってる」
レオンは顔を上げる。
「だから、次はもっとやる」
「レオン、ツヨクナッテル!」
ルーチェが励ますように近づいてくる。
「ありがとな」
レオンは笑って、ルーチェの頭を撫でた。
「でも、もっと強くなるぞ」
「ウン!」
「一緒にな」
「イッショ!」
「少し休憩してください」
ルシアンが言う。
「まだ続きますから」
「ああ」
レオンはすぐに座り込んだ。
呼吸を整え、水を飲む。
少しでも早く、次の戦いへ。
◇
しばらくして、レオンは立ち上がった。
「もういける」
「早くありませんか?」
「大丈夫だって」
「無理はしていませんね?」
「してない」
ルシアンは少しだけレオンを見る。
「……分かりました」
訓練用の剣を一本だけ持つ。
「次はカイン先輩です」
「昨日見たばっかりだな」
「だからこそです」
「分かった」
レオンが剣を構える。
「来い!」
ルシアンの雰囲気が変わる。
先ほどまでの美しさは消えた。
前傾姿勢。
自然に下げられた剣。
隙だらけにも見える。
だが、獲物を前にした猛獣のような圧力。
「行きますよ」
ダンッ!
「っ!」
未来視。
左。
ガァンッ!
「ぐっ!」
重い。
腕が痺れる。
上、防ぐ。右、避ける。下、受ける。
「レオン! ウエ!」
「分かってる!」
振り下ろされる剣を防ぐ。
蹴り、避ける。拳、受け流す。
「くっ……!」
速い。
未来は見えている。
それでも身体が追いつかない。
「ルーチェ!」
「ウン!」
光弾。
一発、二発、三発。
ルシアンは止まらない。
避ける、弾く、潜る。
そのまま迫る。
「まだ!」
レオンも退かない。
防ぐ、防ぐ、避ける。また防ぐ。
腕が痺れる。
身体が悲鳴を上げる。
防御が限界に近づいていく。
このままでは押し切られる。
なら。
(攻めろ)
未来視。
右から剣。
その直後、一瞬だけ身体が開く。
(ここ!)
剣を受け流す。
踏み込む。
「取った!」
カウンター。
だが。
「いい判断です」
ルシアンが笑う。
「ただ――」
身体が沈む。
「まだ遅い」
「っ!」
消えた。
次の瞬間、腹部へ衝撃。
「がっ……!」
身体が浮く。
地面を転がった。
「レオン!」
ルーチェが飛んでくる。
「ダイジョウブ!?」
「……大丈夫」
「ホント!?」
「ああ」
レオンは顔をしかめながら身体を起こした。
腹が痛い。
腕も痺れている。
全身が重い。
それでも目だけは、まだルシアンを見ていた。
「…………」
また負けた。
未来視まで使った。
ルーチェもいた。
それでも届かなかった。
ふと脳裏に、あの光景が蘇る。
血塗れのルシアン。
失われた左腕。
自分の腕の中で動かない仲間。
「……まだだ」
「レオン?」
ルーチェが首を傾げる。
「まだ、全然足りない」
レオンは拳を握る。
「もっと強くならないと」
「…………」
ルシアンが静かにレオンを見る。
「焦って強くなろうとしても、いい結果にはなりませんよ」
「分かってる」
レオンは立ち上がった。
「だからちゃんとやる。一つずつできないことを、できるようにする」
アウグストの言葉も忘れていない。
一人で背負わなくていい。
仲間と共に強くなればいい。
なら自分も、仲間に背中を預けてもらえるくらい。
強くならなければならない。
「ルシアン」
「はい?」
「今後も遠慮しなくていいからな」
「……元からそのつもりですよ」
「そっか」
レオンが笑った。
「ならいい」
ルシアンは剣を下ろす。
「今後は、この形式で模擬戦を行います」
「毎回、誰かを真似するんだな?」
「基本的には」
剣士、魔法使い、槍使い、防御に特化した者、速度に特化した者。
そして。
「事前に誰を模倣しているのか教えない場合もあります」
「それも実戦を想定して?」
「はい。戦いながら観察する。相手の特徴を掴む。考える。そして、その場で対応する」
「それができるようになってください」
「分かった」
レオンは即答した。
「全部覚える」
「全部?」
「ああ」
今日、アルトの戦い方に敗れた。カインの戦い方にも敗れた。
なら、次はもっと食らいつく。
その次はさらに、一歩ずつでいい。
それでも、止まるつもりはない。
「俺はもっと強くなる」
レオンは剣を握りしめた。
「もっと、もっと強くなる」
勇者だからではない。
世界を背負わなければならないからでもない。
もう、自分の目の前で大切な仲間が傷つくのを、ただ見ているだけなのは嫌だから。
ルシアンはそんなレオンをしばらく見つめ。
「……そうですか」
静かに笑った。
「なら、付き合いますよ」
「ああ」
レオンも笑う。
「頼む」
「レオン! ルーチェモ!」
「もちろん。ルーチェも一緒だ」
「ウン!」
一人で強くなるのではない。
仲間と共に強くなる。
それでもレオンの胸の奥には、以前よりも遥かに強い、力への渇望が生まれていた。
――あの未来を、現実にはしない。
それが未来視だったのか。
ただの幻だったのか。
今はまだ分からない。
それでも、もし未来なのだとしたら。
必ず変えてみせる。
そのためにも、もっと強くなる。
誰かが傷つく未来へ、手を伸ばせるほどに。




