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果てなき世界  作者: 影川明空人
第9章 学園2年目 大規模試験編
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第391話

第391話


 アーカディア学園が再開し、数日が経った。


 三ヶ月に及ぶ休校期間を経て、学園には以前の日常が戻りつつある。


 朝になれば生徒たちが教室へ集まり、授業を受ける。


 放課後になれば訓練場から剣戟の音が響き、魔法の光が飛び交う。


 長い間止まっていた学園の時間が、再び動き始めていた。


 しかし、以前と全く同じというわけではない。


 一ヶ月後には大規模試験が控えている。


 今年の大規模試験は、ルミナス騎士団で行われる。


 そのため、通常の授業と並行して、試験へ向けた準備も始まっていた。


 パーティでの連携訓練、野外での行動、魔物との戦闘。


 騎士団との共同任務を想定した訓練も行われている。


 聖国リュミエルで三ヶ月間の修行を終えたレオンたちも、以前にも増して鍛錬へ励んでいた。


 そんな中、ルシアンは一人、学園の奥へと向かっていた。


 目的の部屋の前で足を止める。


 コンコン。


「入れ」


「失礼します」


 扉を開ける。


 部屋の中にいたのはヒューギルだった。


「ルシアンか」


「はい」


「何の用だ?」


「少し、お話ししておきたいことがありまして」


「話?」


「ええ」


 ルシアンは後ろ手に扉を閉める。


 そして。


 パチン。


 指を鳴らした。


 瞬間、部屋全体を覆うように結界が展開される。


「…………」


 ヒューギルの目が僅かに細くなった。


「随分と物々しいな」


「他の方に聞かれるわけにはいかない話ですから」


「そうか」


 ヒューギルはルシアンを見つめる。


「聞こう」


「ありがとうございます」


 ルシアンはヒューギルの正面に座った。


「ヒューギル様は、私が神々から邪神への対処を依頼されていることはご存じですよね?」


「ああ」


 ヒューギルが頷く。


「ルミナリア様から聞いている」


「神々がお前に邪神をどうにかするよう依頼しているとな」


「なら、話は早いですね」


 ルシアンは僅かに笑う。


「今日は、そのために私が何をしようとしているのか。それを話しておこうと思いまして」


「…………」


 ヒューギルの表情が僅かに険しくなる。


「続けろ」


「はい」


 ルシアンは静かに話し始めた。


「まず、私は邪神の復活を止めるつもりはありません」


「…………」


 ヒューギルの眉が僅かに動いた。


 ルシアンは淡々と続ける。


「私自身の手で邪神の欠片を集め、邪神を復活させます」


「……何?」


 低い声。


 ヒューギルの目つきが変わる。


「今、何と言った?」


「私が邪神を復活させると言いました」


「…………」


 しばらく沈黙が続いた。


「説明しろ」


「もちろんです」


 ルシアンは表情を変えない。


「邪神の欠片を全て集め、邪神を復活させる、そして、復活した邪神を私が吸収します」


「吸収……?」


「はい」


 ルシアンは自分の胸へ手を置く。


「私には、他者の力を吸収し、自らの力へ変える能力があります。現在、私の中に神々の力が宿っているのも、その能力によるものです」


「…………」


 ヒューギルは黙ってルシアンを見る。


「邪神を復活させ、その力を全て吸収する」

「そして――」


 一拍。


「私自身が、新たな邪神となります」


「…………」


 ヒューギルの表情から感情が消えた。


 ただ、その目だけが鋭くルシアンを見据えている。


「本気で言っているのか?」


「はい」


 迷いのない返答。


「邪神となった私は、世界共通の敵になります」

「人間、魔族、エルフ、その他の種族も含めて、世界全ての敵として振る舞うつもりです」


「なぜそんなことをする」


「争いを終わらせるためです」


 ルシアンは答える。


「この世界には、人と魔族が争い続けなければならない理由がある。ヒューギル様もご存知の通り善と悪、双方が争うことで生まれる力によって、世界の均衡が維持されています」


「…………」


「この仕組みが存在する限り、人と魔族の争いを完全に終わらせることはできません」

「だから、その仕組みそのものを変えます」


 ルシアンは続ける。


「現在、私の中には善と悪、双方の力が存在しています。そこへ邪神の膨大な力を加える。そして私自身が、世界を維持するためのエネルギーの循環を担います」


「…………」


「それと同時に、邪神となった私を世界共通の敵にする。これまで争ってきた者たちに、共通の敵を与えるんです」


 ヒューギルの目が細くなる。


「……そのためのレオンか」


「はい」


 ルシアンは頷いた。


「人類を象徴する勇者レオン。そして、魔族を統べる魔王アシュレイ」

「最終的には、二人を中心として私を討ってもらいます。人と魔族の象徴となる二人が共に邪神を討つ」

「それによって、種族の垣根を越えて協力できることを世界へ示す」

「そのために、私はレオンを育てています」


「…………」


 長い沈黙。


 ヒューギルは何も言わなかった。


 やがて。


「……なるほどな」


 低い声が漏れる。


「神々がお前に邪神への対処を託していることは知っていた」

「だが……」


 ヒューギルの表情が険しくなる。


「まさか、こんな方法を考えていたとはな。神々から命じられたのか?」


「いいえ」


 ルシアンは即答する。


「神々から依頼されたのは、邪神をどうにかすることだけです。この方法を選んだのは私です」

「邪神を復活させることも、邪神を吸収することも、私自身が邪神となることも、世界共通の敵となることも」

「全て、私自身が決めました」


「…………」


 ヒューギルは険しい顔のまま黙り込む。


 しばらくして。


「一つ聞く」


「はい」


「その計画で、何人死ぬ?」


 ルシアンは答えなかった。


「答えられないか」


「……分かりませんから」


「では、犠牲者が出る可能性は?」


「あります」


 今度は即答した。


「一人や二人では済まない可能性もあるな?」


「否定はできません」


「…………」


 ヒューギルの手に力が入る。


「邪神を復活させる。世界共通の敵となる。人と魔族を同じ戦場へ立たせる」

「確かに、成功すれば世界は変わるかもしれない」

「だが」


 ヒューギルの声が低くなる。


「その過程で戦いが起これば、人は死ぬ。魔族も死ぬ。お前の計画など何も知らない者たちがな」


「はい」


 ルシアンは否定しなかった。


「だから」


 ヒューギルは真っ直ぐにルシアンを見る。


「私は協力できない」


「…………」


「守護者として、お前の計画に手を貸すことはできん」


 はっきりとした拒絶だった。


「我々守護者の役目は世界を守ることだ。世界を救うためだからといって、その過程で生じる犠牲を許容することはできない」

「お前の目的そのものを否定するつもりはない。人と魔族が争わずに済む世界。もし本当にそんな世界を作れるのなら、私とて見てみたい」

「だが、そのために誰かを犠牲にする計画へ、守護者として協力することはできない」


「そうですか」


 ルシアンは静かに答えた。


「……随分とあっさりしているな」


「協力していただけるとは思っていませんでしたから」


「なら、なぜ話した?」


「今後、私はこれまで以上に動きます」


 ルシアンはヒューギルを見る。


「邪神の欠片にも積極的に関わることになります。場合によっては、守護者の方々から見れば理解できない行動も取るでしょう」

「その時に余計な衝突を避けるためにも、先に話しておいた方がいいと思いました」


「…………」


「それに」


 ルシアンが僅かに笑う。


「協力はできなくとも、黙認していただくことはできるでしょう?」


「……図々しい奴だ」


「申し訳ありません」


「反省していないだろう」


「どうでしょう」


 ヒューギルは小さく息を吐いた。


「…………」


 そして、考える。


 目の前の青年が語った計画。


 到底、守護者として認められるものではない。


 あまりにも危険だ。


 失敗すれば、邪神が復活する。


 それだけで世界が終わりかねない。


 成功したとしても、そこへ至るまでに、どれだけの犠牲が出るか分からない。


 だが、ヒューギルは知っている。


 神々が目の前の青年へ、邪神への対処を託していることを。


 それはルミナリア本人から聞いた。


「……止めはしない」


 ルシアンの目が僅かに細くなる。


「よろしいのですか?」


「勘違いするな」


 ヒューギルはすぐに続けた。


「お前の計画を認めたわけではない」


「はい」


「ルミナリア様から神々がお前に邪神への対処を依頼していることは聞いている」

「ならば」


 ヒューギルはルシアンを見据える。


「お前が邪神に対して動くことそのものを、私の判断だけで妨害するつもりはない。神々がお前に何を見出したのか、なぜお前へ託したのか、私には分からん」

「だが、神々が選んだ者の行動を、私が気に入らないという理由だけで止めることもできん」


「…………」


「だから黙認する」


 ルシアンが僅かに頭を下げる。


「ありがとうございます」


「礼を言うな」


 即座に返された。


「私は協力しない」

「そして」


 ヒューギルの目が鋭くなる。


「お前の計画によって、到底許容できないほどの犠牲が出ると判断した時には止める」

「その時は、たとえお前が神々から選ばれた者であろうと関係ない」


 ルシアンは少しも動じない。


「構いません。その時は、好きにしてください」


「……本当に可愛げのない奴だな」


「よく言われます」


「誰にだ」


「色々な方に」


「…………」


 ヒューギルは呆れたように息を吐いた。


「それと」


 ルシアンが続ける。


「レオンについては、これまで通りお願いします」


「ああ」


 その返答は早かった。


「それについては、お前に言われるまでもない」


 ヒューギルは腕を組む。


「勇者が強くなること自体は必要だ。世界中で魔物の動きが活発化している」

「そして、お前の話が事実なら、邪神の復活も遠くない」


「はい」


「レオンを育てることについては協力する」


 ヒューギルははっきりと言う。


「お前の計画のためではない。世界を守るためだ」


「それで十分です」


 ルシアンは立ち上がった。


「では、私はこれで」


「待て」


 扉へ向かおうとしたところで、ヒューギルに呼び止められる。


「一つだけ聞かせろ」


「何でしょう?」


「お前は邪神を復活させると言ったな」


「はい」


「いつだ?」


 ルシアンは少し考える。


「そうですね……」


 そして、まるで今後の予定でも確認するかのような口調で告げた。


「――あと三年以内」


「…………!」


 ヒューギルの表情が変わった。


「三年……以内?」


「はい。遅くとも、それまでには邪神を復活させます」


「お前……」


 ルシアンは扉へ向かう。


 指を鳴らし、張っていた結界を解除した。


「ですから」


 扉へ手をかける。


「それまでにレオンには、もっと強くなってもらわなければ困るんです」


「…………」


「では、失礼します」


 扉が閉じた。


 部屋に残されたヒューギルは、しばらく動かなかった。


「……三年以内」


 あまりにも短い。


 神々がルシアンへ邪神への対処を託していることは知っていた。


 だが、その方法までは知らなかった。


 邪神の復活を防ぐのではなく、自ら復活させる。


 その力を喰らい、自ら邪神となり、世界全てを敵に回す。


 そして勇者と魔王に、自分を討たせる。


「…………」


 ヒューギルは椅子へ深く腰掛けた。


「ルミナリア様……」


 小さく呟く。


「本当に……とんでもない男に託したものだ」


 当然、答えが返ってくることはなかった。


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