第389話
第389話
聖国リュミエルを出発してからの道中は、特に大きな問題もなかった。
行きと同じように、整備された街道を進む。
時折、魔物が姿を現すこともあったが。
「レオン、右!」
「ああ!」
レオンが剣を振るう。
一閃。
襲いかかってきた魔物が地面へ倒れた。
「こっちは終わったよ」
少し離れた場所では、ノエルが短剣を収めている。
「こちらもです」
セシルも剣についた血を払い落とした。
出てくるのは、せいぜいBランクやCランクの魔物。
三ヶ月前ですら大した脅威ではなかった。
ましてや、聖国リュミエルで修行を終えた今のレオンたちにとっては、足止めにすらならない。
「終わりましたね」
ルシアンが周囲を確認する。
「怪我はありませんか?」
「これくらいで怪我するかよ」
ガイウスが笑う。
「そうですね」
フィアナも微笑む。
「私の出番もありませんでした」
「それが一番ですよ」
ルシアンがそう言って、再び歩き始める。
夜になれば野営、食事を終えれば模擬戦。
「もう一本!」
「元気ですね」
レオンが剣を構え、ルシアンが苦笑する。
「昨日もやったじゃないですか」
「昨日は昨日だろ!」
「明日もありますよ?」
「明日は明日!」
「意味が分かりません」
そう言いながらも、ルシアンは剣を抜く。
レオンだけではない。
ガイウス、テオドール、ノエル、セシル。
時にはフィアナも加わった。
聖国リュミエルで教わったことを忘れないように。
そしてさらに強くなるために。
旅の途中でも、彼らは鍛錬を続けた。
そうして数日が経ち。
「見えた!」
レオンが前方を指差す。
遠くに見覚えのある街並みが見えてきた。
「アーカディアだ!」
ガイウスも声を上げる。
「やっと帰ってきたね」
ノエルが目を細める。
「三ヶ月ぶりか」
テオドールも街を見つめていた。
「…………」
フィアナは何も言わず、その光景を眺めている。
ルシアンもまた、静かにアーカディアを見つめた。
三ヶ月前。
ここは戦場だった。
邪神教と魔族による大規模な襲撃。
破壊された建物、立ち昇る黒煙、至る所から聞こえてきた悲鳴。
そして多くの命が失われた。
だが。
「……凄いな」
レオンが呟く。
街へ近づくにつれ、その様子がはっきりと見えてくる。
壊されていた建物は修復され、瓦礫に埋もれていた道も綺麗に整備されている。
三ヶ月前、あれほど酷い被害を受けた街とは思えない。
「ほとんど元通りですね」
フィアナが周囲を見渡す。
「三ヶ月でここまで直せるものなんだな」
ガイウスが感心したように言う。
「アーカディアですからね」
ルシアンが答える。
アーカディアに集まるのは、戦う者だけではない。
確かにレオンたちのように、剣術や魔法を学び、冒険者や騎士を志す者は多い。
しかし、それだけではなかった。
鍛冶職人を目指す者、建築を学ぶ者、文官を目指す者、商業を学ぶ者、魔道具の研究をする者。
その他にも、様々な分野で優れた才能を持つ者たちが世界中から集まっている。
この三ヶ月、そうした者たちが中心となり、街の人々と協力して復興を進めていたらしい。
「俺たちがいない間に、みんな頑張ってたんだな」
レオンが言う。
「当然でしょ」
ノエルが答える。
「私たちだけが頑張ってたわけじゃないんだから」
「それもそうだな」
街を歩く。
まだよく見れば、新しく作り直されたと分かる建物も多い。
完全に襲撃前と同じというわけではない。
それでも、人々はいつもの生活へ戻りつつあった。
やがて一行はアーカディア学園へ到着する。
「戻ってきたなぁ」
レオンが校舎を見上げる。
「なんか懐かしいな」
「三ヶ月しか経ってないよ」
「三ヶ月もだろ?」
「どっちでもいいだろ」
テオドールが二人の横を通り過ぎる。
「あ、待てよ!」
そのまま一行は学園内へ入った。
向かった先は職員室。帰還したことを報告するためだ。
コンコン。
「入れ」
「失礼します」
ルシアンを先頭に部屋へ入る。
そこには。
「戻ったか」
ルシアンたちの担任教師であるレオニードがいた。
「はい」
ルシアンが答える。
「先ほどアーカディアへ到着しました」
「そうか」
レオニードは一行を見渡す。
「随分とギリギリだったな」
「あはは……」
レオンが頬を掻く。
「三日後には学園が再開だぞ」
「間に合ったので問題ありません」
ルシアンが平然と答える。
「お前は相変わらずだな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてはいない」
レオニードが小さく息を吐く。
そして、改めてレオンたちを見る。
「聖国リュミエルへ行っていたことは聞いている」
「はい!」
「三ヶ月か」
レオニードの視線がレオンへ向く。
「顔つきが少し変わったな」
「そうですか?」
「ああ」
次にガイウス、テオドール、ノエル、フィアナ、セシル。
一人ずつ見ていく。
「お前たちもだ」
「…………」
「それで?」
レオニードが尋ねる。
「何か学んできたか?」
レオンたちは顔を見合わせる。
三ヶ月。
ラグナルとの修行、エルヴィン、リシェル、マリア。
それぞれから教わったこと。
強くなった。
それだけではない。
「はい」
レオンが答える。
「たくさん学びました」
「そうか」
レオニードはそれ以上聞かなかった。
「なら、それでいい」
椅子へ深く腰掛ける。
「学園は予定通り、三日後から通常運営へ戻す」
「はい」
「長い休校だったからな。いきなり以前と同じ生活に戻れと言っても難しいだろう」
そこで。
レオニードの視線が、レオンたちの荷物へ向いた。
「特にお前たちは、数日かけてここまで戻ってきたばかりだ」
「…………」
「三日間は休め」
レオンが目を瞬く。
「修行も禁止だ」
「えっ」
「特にレオン」
「俺!?」
「今の反応で確信した」
ガイウスが吹き出す。
「ははは! バレてるぞ!」
「笑うなよ!」
「ガイウス」
「はい?」
「お前もだ」
「俺も!?」
今度はノエルが笑う。
「人のこと笑ってるから」
「お前たち全員だ」
レオニードが低い声で言う。
全員が黙った。
「三ヶ月修行して、そのまま数日の旅だ。身体を休めることも鍛錬の一つだと覚えておけ」
「……はい」
レオンが渋々頷く。
「三日後から、また学園生活が始まる」
レオニードは全員を見渡した。
「しっかり身体を休めて、準備しておけ」
「はい!」
レオンたちの声が揃う。
「では、失礼します」
ルシアンが頭を下げる。
一行は職員室を出ていく。
廊下へ出たところで。
「三日間かぁ」
レオンが呟く。
「何しようかな」
「休めって言われたばかりでしょ」
「分かってるって」
「絶対分かってない」
「分かってる!」
いつものやり取り。
ガイウスが笑い、テオドールが呆れ、フィアナも小さく笑っている。
ルシアンはそんな仲間たちを眺めながら歩く。
三ヶ月ぶりのアーカディア。
街も、学園も、そして彼ら自身も。
三ヶ月前とは少し違っている。
長かった休校期間は、もうすぐ終わる。
そして、レオンたちの学園生活が、再び始まろうとしていた。




