第388話
第388話
翌朝。
聖国リュミエルの教会本部、その正門前にはレオンたちの姿があった。
三ヶ月。
長いようで、振り返ってみればあっという間だった。
今日、レオンたちは聖国リュミエルを発ち、再開を目前に控えたアーカディアへと戻る。
「忘れ物はありませんか?」
ルシアンが全員を見渡す。
「大丈夫!」
「俺も問題ないぞ」
「こっちも大丈夫」
「俺もだ」
レオン、ガイウス、ノエル、テオドールがそれぞれ答える。
「私も大丈夫です」
フィアナも頷いた。
「私も問題ありません」
セシルも荷物を確認してから答える。
「では、そろそろ行きましょうか」
ルシアンがそう言って振り返る。
そこには、彼らを見送るために集まった者たちがいた。
教皇アウグスト・ルクシエル。
聖騎士長ラグナル・ガルシア。
エルヴィン・ヴェルナー。
セレナ・ルーヴェル。
リシェル・グレイス。
そして、マリア・ローゼンベルク。
この三ヶ月、レオンたちの成長を支えてくれた者たちだ。
「お世話になりました!」
レオンが頭を下げる。
それに続いて、他の者たちも頭を下げた。
「ありがとうございました!」
ラグナルが腕を組みながらレオンたちを見る。
「随分と強くなった」
その言葉にレオンが顔を上げる。
「だが、まだまだだ」
「はい!」
「特にレオン」
「はい!」
「聖剣を持つ勇者だからといって、己を特別だと思うな。お前より強い者はいくらでもいる」
レオンが頷く。
「分かっています」
「ならばいい」
ラグナルは次にガイウスを見る。
「ガイウス」
「はい!」
「お前の盾は以前より遥かに堅くなった。だが、守ることだけに意識を向けるな」
「はい」
「盾を持つ者が敵を倒してはいけないなどという決まりはない。守るために攻めることも必要だ」
「覚えておきます!」
ラグナルは最後にセシルを見る。
「セシル」
「はい」
「お前は基礎がよくできている。だからこそ、小さくまとまるな」
「……はい」
「自分に何ができるのか。それを考え続けろ」
セシルは真剣な表情で頷いた。
「ご指導、ありがとうございました」
一方、エルヴィンはテオドールの肩を軽く叩く。
「まあ、俺から言えることは一つだな」
「何でしょう?」
「もっと頭を柔らかくしろ」
「…………」
「その顔やめろって」
エルヴィンが苦笑する。
「お前は頭がいい。魔法の知識だって俺が教える必要がないくらい持ってる」
「それはどうも」
「でもな。戦いっていうのは、教本通りにはいかないんだよ」
エルヴィンは自分の剣を軽く叩く。
「魔法使いだから魔法で戦う。剣士だから剣で戦う。そんな考えは捨てろ。使えるものは全部使え」
「……はい」
テオドールが頷く。
「ありがとうございました」
「次会った時には、もう少し俺を驚かせてくれよ」
「努力します」
「そこは『驚かせます』って言ってほしいんだけどなぁ」
その隣では。
「…………」
「…………」
ノエルとリシェルが向かい合っていた。
「何かないの?」
ノエルが尋ねる。
「何が」
「最後の言葉とか」
「別に」
「三ヶ月も修行つけた弟子が帰るんだけど?」
「いつから弟子になった」
「酷くない?」
リシェルは小さく息を吐いた。
「……死ぬな」
「え?」
「斥候は生きて情報を持ち帰って初めて仕事をしたことになる」
リシェルがノエルを見る。
「敵を倒す必要なんてない。仲間を置いて逃げなければならないことだってある」
「…………」
「何が正しいかは、その時のお前が決めろ」
少しだけ間を置いて。
「ただし、生きて帰れ」
ノエルは目を瞬いた後。
小さく笑った。
「うん」
「ありがとうございました、師匠」
「だから誰が師匠だ」
「ふふっ」
そして。
「フィアナ」
「はい」
マリアがフィアナの前に立つ。
「三ヶ月前よりはマシになったね」
「……マシ、ですか」
「何だい。不満かい?」
「い、いえ」
「ならいい」
マリアは豪快に笑う。
そしてフィアナの頭に手を置いた。
「よく頑張った」
「…………」
フィアナが僅かに目を見開く。
「回復も支援も随分上達した。前よりずっと周りが見えるようになったよ」
「ありがとうございます」
「だけどね」
マリアの表情が少しだけ厳しくなる。
「自分のことも忘れるんじゃないよ」
「……はい」
「誰かを助けるために自分が死んだら、その後に助けられたはずの人間を助けられなくなる」
フィアナは真剣にその言葉を聞いている。
「聖女だからって、自分の命まで差し出す必要はないんだ。覚えておきなさい」
「はい」
フィアナが微笑む。
「ありがとうございました、マリア先生」
「次に会った時、弱くなってたら承知しないからね」
「ふふっ。分かりました」
そんなやり取りを、レオンは少し離れた場所から眺めていた。
「…………」
昨日の光景が、どうしても頭から離れない。
荒れ果てた大地、傷だらけの仲間たち。
泣いていたフィアナ、ガイウス、テオドール、ノエル。
そして自分の腕の中にいた、血塗れのルシアン。
失われた左腕、虚ろな瞳、何度呼びかけても返ってこなかった声。
「…………」
もし、あれが本当に未来だったら。
いつ起こる。
どうしてあんなことになる。
どうすれば防げる。
自分がもっと強くなれば――。
「レオン」
「っ!」
声をかけられ、レオンが顔を上げる。
目の前に立っていたのはアウグストだった。
「教皇様」
「少しいいか?」
「はい」
アウグストはレオンを見つめる。
相変わらず険しい表情。
初対面ならば怒っているのではないかと思ってしまうだろう。
「この三ヶ月」
アウグストが静かに口を開く。
「君とは何度か話す機会があった」
「はい」
「修行の様子についても、ラグナルたちから聞いている」
レオンは黙って聞く。
「君は真面目だ」
「え?」
「非常にな」
思いがけない言葉に、レオンが目を瞬く。
「勇者として強くなろうとしている。誰かを守れる人間になろうとしている。自分にできることを常に考えている」
「それ自体は素晴らしいことだ」
「…………」
「だが」
アウグストの声が僅かに低くなる。
「真面目な者ほど、一人で背負おうとする」
レオンの表情が僅かに変わった。
「勇者という名は重い。世界が君に期待するほど、その重さは増していくだろう」
「救ってくれ、守ってくれ、邪悪を倒してくれ。これから先、君は数え切れないほどの期待を背負うことになる」
アウグストは真っ直ぐにレオンを見る。
「だが、レオン。君一人が、その全てを背負う必要はない」
「…………」
レオンは何も言わなかった。
「勇者レオンには、仲間がいる」
アウグストの視線がレオンの後ろへ向く。
そこには、ガイウス、テオドール、ノエル、フィアナ、そしてルシアン。
共に戦ってきた仲間たちがいる。
「一人でできることなど、たかが知れている」
アウグストが言う。
「どれほど強くなろうとも、それは変わらない」
「…………」
「だからこそ」
険しかった表情が、ほんの僅かに和らぐ。
「仲間と共に強くなりなさい」
レオンの目が僅かに見開かれた。
昨日から、ずっと考えていた。
もし、あの光景が未来なら。
自分が変えなければならない。
自分がもっと強くならなければならない。
自分がルシアンを助けなければならない。
そう思っていた。
だが。
――一人でできることなど、たかが知れている。
「……そうですね」
レオンが仲間たちを見る。
「俺には」
フィアナがいる。
ガイウスがいる。
テオドールがいる。
ノエルがいる。
ルシアンがいる。
ルーチェもいる。
一人ではない。
「仲間がいます」
「ああ」
アウグストが頷く。
「忘れるな」
「はい!」
先ほどまでとは違う。
レオンの顔に、いつもの明るさが少し戻っていた。
「ありがとうございます、教皇様!」
「礼を言われるほどのことではない」
そう言ってアウグストはレオンから離れていく。
「レオン!」
ガイウスが呼ぶ。
「そろそろ行くぞ!」
「ああ!」
レオンが駆け寄る。
「何を話していたんですか?」
ルシアンが尋ねる。
「ちょっとな」
「そうですか」
ルシアンはそれ以上聞かなかった。
「では、行きましょうか」
「ああ!」
一行は改めて見送りの者たちへ向き直る。
「三ヶ月間、本当にありがとうございました!」
レオンが頭を下げる。
仲間たちも続いた。
「ありがとうございました!」
そして歩き出す。
三ヶ月を過ごした聖国リュミエルを後にして。
アーカディアへ。
途中、レオンが一度だけ振り返った。
教皇、聖騎士たち。
そして三ヶ月を過ごした教会本部が、少しずつ遠ざかっていく。
「…………」
昨日見たものが何だったのか、まだ分からない。
未来なのか、ただの幻なのか。それすら分からない。
けれどもし、あれが本当にこれから起こることなのだとしても。
「……絶対に」
小さく呟く。
あの光景を現実にはしたくない。
そのために一人ではなく、仲間と共に強くなる。
「レオンー! 置いてくぞー!」
「今行く!」
ガイウスの声にレオンが駆け出す。
再び仲間たちのもとへ。
こうして、三ヶ月に及んだ聖国リュミエルでの日々は終わりを迎えた。
勇者一行とセシルは。
再びアーカディアへ向けて歩き始めた。
ここで第8章終わりです。
ストックが尽きかけてきたので、一度休みます。
次回は9月1日の0時更新予定です。




