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果てなき世界  作者: 影川明空人
第8章 学園2年目 修行編
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第387話

第387話


 それからも、戦いはしばらく続いた。


「はぁ……はぁ……もう、無理……」


 ノエルがその場にへたり込む。


 傍らではシルフィとルナも力を使い果たしたのか、先ほどまでの勢いはない。


「俺も……限界だ……」


 テオドールも少し離れた場所で地面に腰を下ろしていた。


 杖を握っていた手は疲労で震えている。


「くそ……まだいけると思ったんだけどな……」


 ガイウスも盾を傍らに置き、その場に座り込んでいた。


 フィアナも既に戦闘から離れ、休んでいる。


 回復、支援、防御。


 戦闘中、絶え間なく仲間たちを支え続けていたため、流石のフィアナにも疲労の色が濃く出ていた。


 残っているのは――二人。


「はぁ……はぁ……」


 レオン。


 そして。


「…………」


 ルシアン。


 実質的に、既に一騎打ちとなっていた。


 レオンの額から汗が流れ落ちる。


 肩で息をし、剣を握る手にも疲労が見える。


 対するルシアンは、息一つ乱していない。


「……相変わらず、とんでもないな」


 レオンが苦笑する。


「三ヶ月前より遥かに強くなった人に言われると、悪い気はしませんね」


「違うって!」


 レオンが剣を構え直す。


「俺たち五人でここまでやってるのに、何でお前はそんな平然としてるんだよ!」


「それは――」


 ルシアンが僅かに笑う。


「まだまだ私の方が強いからでしょう」


「言ったな!」


 レオンが地面を蹴り、一気に距離を詰める。


「うおおおおおっ!」


 振り下ろされる剣。


 ルシアンが受け止める。


 ガキィンッ!


 甲高い音が訓練場に響いた。


「まだだ!」


 レオンは止まらない。


 横薙ぎ、斬り上げ、突き。


 疲労しているにもかかわらず、その剣速はほとんど衰えていない。


 むしろ追い詰められたことで、さらに研ぎ澄まされている。


「ルーチェ!」


 光が煌めく。


 ルーチェが生み出した光の刃が、レオンの斬撃に重なる。


 正面からレオン、左右から光刃。


「いいですね」


 ルシアンは一歩下がる。


 剣を振るい。


 一つ、二つ、光刃を弾く。


 そこへレオンが踏み込んだ。


「そこだ!」


 鋭い突き。


 ルシアンが首を傾ける。


 剣先が頬のすぐ横を通り抜けた。


 そのままレオンが剣を横へ振るう。


 だが。


 ガキンッ!


 ルシアンの剣が下から打ち上げる。


「っ!」


 腕に衝撃が走る。


 それでもレオンは剣を離さない。


「まだ!」


 再び振るう。


 ルシアンが受ける。


 一撃、二撃、三撃。


 剣と剣がぶつかる度に火花が散る。


 だが、少しずつレオンの動きが鈍っていく。


「はぁ……はぁ……!」


 限界が近い。


 それでもレオンは前へ出る。


「うおおおおおっ!」


 渾身の一撃。


 ルシアンも剣を振るった。


 ガァンッ!


「――っ!」


 強烈な衝撃。


 レオンの手から剣が離れた。


 剣は宙を回転し、離れた地面へ突き刺さる。


「あ……」


 その瞬間、ルシアンが一歩踏み込む。


 剣先がレオンの喉元で止まった。


「ここまでですね」


「…………」


 レオンは自分の剣を見る。


 次に、喉元へ突きつけられた剣を見る。


 数秒の沈黙。


 やがて。


「……参った」


 両手を上げる。


「俺の負けだ」


 ルシアンが剣を下ろした。


「お疲れ様でした」


「いやぁ……」


 緊張が切れたのか、レオンがその場に座り込む。


「強すぎるって……」


「ですが、かなり強くなっていますよ」


「勝った奴に言われてもなぁ……」


「本当ですよ」


 ルシアンはレオンへ手を差し出す。


「立てますか?」


「ああ」


 レオンも手を伸ばした。


 ルシアンの手を握る。


 その瞬間。


「――――」


 世界が変わった。


「……え?」


 風が吹いている。


 乾いた風、鼻を突く焦げ臭さ。


 レオンはゆっくりと周囲を見渡した。


「……どこだ、ここ」


 訓練場ではない。


 見渡す限り、荒れ果てた大地。


 地面には巨大な亀裂が走っている。


 草木はなく、遠くでは黒煙が立ち昇っていた。


 空も薄暗い。


「さっきまで……訓練場に……」


 確かにいた。


 ルシアンの手を握って。


 立ち上がろうとしていたはずだ。


「ルシアン?」


 返事はない。


 フィアナも、ガイウスも、テオドールも、ノエルも。


 誰もいない。


「なんだよ……これ……」


 その時だった。


 微かに、声が聞こえた。


「…………」


 誰かの声。


 いや、一人ではない。


 何人もの声が聞こえる。


 そして、泣き声。


「……?」


 レオンは声のする方向へ歩き始めた。


 一歩、また一歩。


 やがて、人影が見えてくる。


「……フィアナ?」


 フィアナがいた。


 涙を流している。


 その隣にはガイウス、テオドール、ノエル。


 全員が傷だらけだった。


 そして、全員が泣いていた。


「みんな……?」


 レオンが近づこうとして。


 足を止める。


「…………俺?」


 そこには、もう一人の自分がいた。


 地面に膝をついている。


 その腕の中には――。


「……ルシアン?」


 レオンの呼吸が止まった。


 血塗れだった。


 左腕がない。


 肩口から先が失われている。


 身体には、一目見ただけでも致命傷だと分かるほど大きな傷が刻まれていた。


 服は赤黒く染まり、大量の血が地面へ流れ落ちている。


 そして、その瞳。


 いつも穏やかに笑っているルシアンの瞳から。


 光が消えていた。


 虚ろな目で、何もない空を見つめている。


「ルシアン!」


 もう一人のレオンが叫んでいる。


「おい!ルシアン!」


 身体を抱きかかえ。


 何度も、何度も呼びかける。


「頼む……返事をしてくれ!ルシアン……!頼むから……!」


 返事はない。


 フィアナが口元を押さえながら涙を流している。


 ガイウスは俯いたまま、強く拳を握り締めている。


 ノエルも涙を拭おうともせず。


 テオドールは呆然と立ち尽くしている。


「なん……だ、これ……?」


 レオンの声が震える。


 何が起きている。


 どうしてルシアンがこんな姿になっている。


 どうして自分がもう一人いる。


「おい……」


 レオンは目の前の自分たちへ近づこうとする。


「待てよ……!」


 一歩。


 踏み出したその瞬間。


「――レオン?」


「っ!」


 聞き慣れた声。


 荒れ果てた大地が消えた。


「…………え?」


 目の前にルシアンがいる。


 訓練場、いつもの空、休んでいる仲間たち。


 何も変わっていない。


 レオンは立ち上がりかけた状態で止まっていた。


 右手は。


 ルシアンの手を握ったまま。


「レオン?」


 ルシアンが不思議そうにこちらを見ている。


「どうかしましたか?」


「…………」


 レオンはルシアンを見る。


 左腕。


 ある。


 身体にも傷はない、血も流していない。


 いつものルシアンだ。


「……いや」


 レオンは首を振る。


「何でもない」


 無理矢理笑う。


「ちょっと疲れちゃったみたいだ」


「そうですか」


 ルシアンはレオンを引き上げる。


「なら、しっかり休んでくださいね。明日は移動ですから」


「ああ」


「そうするよ」


 その日の訓練は、それで終わった。


 明日の出立に備え、それぞれが自室へと戻っていく。


 そして、一人になったレオンは。


「…………」


 ベッドに腰掛けたまま、自分の右手を見つめていた。


 ルシアンに触れた瞬間、見えた光景。


 荒れ果てた大地、傷だらけの仲間たち。


 涙を流すフィアナたち。


 そして、自分の腕の中にいた、血塗れのルシアン。


「……何だったんだ、あれ」


 夢、幻覚、疲労によって見えた幻。


 そう考えることもできる。


 だが、あまりにも鮮明だった。


 風の感触も、焦げた匂いも、仲間たちの泣き声も。


 そして、腕の中のルシアンへ必死に呼びかける自分の声も。


 まるで本当にその場にいたかのように覚えている。


「もしかして……」


 一つの可能性が頭を過ぎる。


「未来……なのか?」


 レオンは右手を強く握り締めた。


 もし、あれが本当に未来の光景なのだとしたら。


「いつか……あれが現実になるのか?」


 答える者はいない。


「…………」


 レオンは俯く。


 頭から離れない。


 血塗れの身体、失われた左腕。そして、何度呼びかけても何も返さなかった、ルシアンの虚ろな瞳。


「……嫌だな」


 小さく呟く。


 あんな未来は見たくない。


 レオンはしばらくの間、一人で考え続けていた。


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