第37話
第37話
決断してから、動き出すまでは早かった。
夜。屋敷が静まり返った頃、ルシアンは自室で目を閉じていた。意識を内側へ沈め、魔力を分ける。
(七割)
北へ向かう側に。
(……三割で十分だ)
王都に残る側は日常を維持するだけでいい。
次の瞬間――分かれる。違和感はない。ただ自然に「二人いる」と理解できる。
ノクシェル。己を分けた存在。どちらも本体。
片方は部屋に残る。もう片方は静かに立ち上がる。扉を開け、廊下へ出る。
(……いる)
監視の気配。位置も距離も把握する。
(見られている前提で動く)
屋敷の裏手へ回り、視線が切れる一瞬を抜ける。それで十分だった。誰にも気づかれないまま、王都の夜へ出る。
――翌日。
昼の王都は人で溢れていた。ルシアンはフードを被り、人混みに紛れて歩く。向かう先は一つ、冒険者ギルド。
扉を開けると、喧騒と酒の匂いが混ざった空気が広がる。視線が一瞬だけ向くが、すぐに逸れる。ルシアンはそのままカウンターへ向かった。
「登録でよろしいですか?」
落ち着いた声。受付の女性だった。
「はい」
「お名前を」
「……ルクス」
ペンが止まる。ほんの一瞬、視線が上がる。
「年齢は?」
「十歳」
わずかに眉が動く。だがすぐに戻る。
「……承知しました。冒険者についての説明はどうされますか?」
「お願いします」
「それでは説明させていただきます。冒険者ランクは魔物の危険度と同基準です。Gから始まり、最高はSSSです。しかし、現在はSSSランクの冒険者はいません。実績を積み、一定の依頼数と成果を満たせば昇格審査を受けられます。上位ランクは試験も必要になります」
一拍。
「次に冒険者の登録に関してですが、通常はGランクからのスタートです。ただし希望があれば実力確認が可能です。合格すればFかEランクから登録できます」
「なお、実力確認で失敗してもペナルティはありません。どうされますか?」
「やります」
即答だった。
女性は一瞬だけルシアンを見る。
「……分かりました。こちらへ」
案内され、小さな試験場へ入る。奥には一人の男がいた。
「確認役よ。軽くでいいからね」
「了解」
男が構える。
「じゃあ――」
踏み込む。速い。
(遅い)
ルシアンは半歩ずらす。最小限の動きで回避。
「っ……」
二撃目。さらに速くなる。だが同じ。躱す。
踏み込む。距離を潰す。男の懐へ入る。
手刀。首元で止まる。
空気が止まる。
完全に入っている。
男は動けない。
ゆっくり息を吐く。
「……終わりです」
横で見ていた受付の女性が、わずかに目を見開く。
「……Eランクで登録します。これ以上は規定上できませんが、問題ありませんね?」
「はい」
カードが差し出される。
ルシアンはそれを受け取る。
これで身分証も兼ねる。都市間の移動、関所の通過。必要な手続きはこれで足りる。
「……ようこそ、冒険者ギルドへ」
ルシアンは何も返さず、外へ出る。
昼の光が眩しい。
(これでいい)
目立ちすぎず、埋もれもしない。
フードを深く被る。
北へ。
神に示された場所へ。
足は迷わない。




