第36話
第36話
王との謁見を終えてから、日々は止まることなく流れ始めた。
ルシアンとアルベルトは王都にあるヴェルグレイヴ邸へ移り住み、すぐに体制の立て直しが始まる。国と公爵家の支援により、補佐官や使用人、書類の山が一気に押し寄せた。
アルベルトはその中心に立つ。
まだ十二歳でありながら、伯爵家当主代理として判断を下し続ける。領地の復興計画、資金の配分、人員の配置。さらに日中は貴族学校へ通いながら、その合間で処理をこなす。
明らかに過密だ。それでも止まらない。止まれない。
ルシアンはその隣にいた。
すべてを担うわけではない。だが、書類の確認、情報の整理、報告の取捨選択。できる範囲で補佐に回る。
無駄を削る。優先順位をつける。それだけで、アルベルトの負担は確実に軽くなっていった。
「……助かる」
ある日、アルベルトがそう言った。
「問題ありません」
短い返答。それで十分だった。
日中、アルベルトが学校に向かう間、ルシアンは別の時間を使う。
鍛錬。基礎の反復。剣、魔力操作、身体強化。同じ動きを繰り返し、精度を上げていく。
力はある。だが足りない。だから積み上げる。
その後は王都の図書館へ向かう。広大な書庫。歴史、魔術、地理、種族。必要なものだけを選び、読み、頭に入れる。
(知らないことが多い)
それを理解しているからこそ、時間を使う。知識もまた力になる。
夕方には屋敷へ戻る。アルベルトと情報を共有し、必要な部分だけ補佐する。無駄な会話はない。だが意思疎通に問題はない。
そして――
(……いる)
気配。視線。屋敷の外、あるいは少し離れた位置。常に一定の距離を保っている。
(監視)
結論はすぐに出る。
王の言葉を思い出す。“見ておく”――あれは比喩ではない。
(気づいていることに気づかせない)
それでいい。
夜。屋敷が静まった後、ルシアンは一人動く。
中庭、あるいは人のいない場所。魔力を巡らせる。
そして――
(……まだ使うべきじゃない)
黒が、わずかに揺れる。
だが止める。
あの力は見せるものではない。監視がいる以上、尚更だ。使うなら確実に隠せる状況のみ。今は制御の確認に留める。
あの日の光景は消えない。
だが、表には出ない。出さないのではなく、出る余地がない。
やることがある。それだけで十分だった。
時折、クラリスが訪れる。
「また来たんですか」
「いいでしょ、別に」
軽い口調。だが視線はルシアンをよく見ている。
「無理してない?」
「していません」
「そういうとこよ」
小さくため息をつく。だが、それ以上は踏み込まない。ただ隣にいる。それだけの時間もあった。
季節が一つ進む。王都の空気がわずかに変わる頃――
ルシアンは決めていた。
(行く)
北。神に示された場所。必要なものは揃いつつある。だが、まだ足りない。
(次は、届かせる)
その思考だけが、静かに残る。
王都の夜は穏やかだった。何も知らないまま、ただ時間だけが流れていく。
その裏で、一つの決断が固まっていた。
強さの指標のランク分布を変更しました。
その関係で第十話で行われた説明の内容を少し編集しました。




