第35話 side謁見の間
第35話
謁見の間から人が引いた後、静寂が戻る。玉座の間には、王と宰相、そして一人の男だけが残っていた。鎧を纏った壮年の男、王国騎士団長ガルド・ヴェイン。
沈黙を破ったのは王だった。
「……どう見た」
短い問い。
宰相が静かに口を開く。
「報告以上、というべきでしょうな。わずか七歳でSランクの魔物と渡り合った事実。そして、あの場での受け答え――感情が、見えませんでした」
王の指が止まる。
「……ああ。領地を失い、両親を失い、魔族に一方的に敗北している。普通なら何かしら滲むはずだが……何もなかったな」
宰相も頷く。
「抑えているというより、最初から“表に出ていない”ように見えました」
王の目が細くなる。
「本当に七歳か、怪しいものだな」
一瞬の間を置き、視線を横へ向ける。
「で、お前はどう見る、ガルド」
騎士団長は腕を組んだまま答える。
「……強いですね。戦闘は見ていませんが、それでも分かる」
淡々とした声。
「視線が揺れない。王を前にしても圧に飲まれていない。必要な情報だけを正確に出している」
一拍置く。
「そして何より、敗北を完全に受け入れている」
宰相がわずかに目を細める。
ガルドは続ける。
「悔しさがないわけではないでしょう。ですがあれは“抑えている”のではなく、“処理している”」
はっきりと言い切る。
「感情が行動を乱さない。すでに切り分けている。……あの年齢でやることではありません」
王は黙って聞いている。
「自分と相手の力量差も正確に把握している。見逃された、という事実も歪めていない」
わずかに声が低くなる。
「……相手がゼルキスである以上、それがどれだけ異常かは明白です」
空気がわずかに張り詰める。
ガルドは続ける。
「四天王の中でも、あれは最悪の部類です。気まぐれで殺す。理由も基準もない。あの場にいた人間は、本来であれば誰一人として、生き残ることは叶わなかったはずです」
一拍。
「その中で、自分が“見逃された側”だと正確に認識している」
静かに言う。
「……あれは、理解している目でした」
王がわずかに頷く。
「将来性はどう見る」
ガルドは迷わない。
「危険です」
短く。
「枠に収まらない。すでに完成形に近い思考をしている。後は力が追いつくだけで、止まらなくなる」
宰相が補足する。
「そして、その“力を伸ばす理由”も十分に持っている」
王はゆっくり頷く。
ガルドは続ける。
「……あの少年は、敗北を蓄積するタイプです。ゼルキスのような存在に対しても、“次は届かせる”と考える」
一拍。
「普通は、あそこで折れる。恐怖が残る」
だが――
「折れていない。恐怖も、行動に影響していない」
低く言い切る。
「だからこそ危険で、同時に――」
わずかに目を細める。
「届く可能性がある」
王がわずかに口元を緩める。
「ほう」
「ゼルキス相手でも、いずれは」
静寂が落ちる。
王はしばらく考え、ゆっくりと息を吐く。
「縛らん。だが、監視はつける」
低く告げる。
「何になるのか」
ガルドはわずかに笑う。
「……少なくとも、次に戦場で会う時は“子供”ではないでしょう」
王は頷く。
「だろうな。すでに、子供ではない」
玉座の間に再び静寂が落ちる。
一人の少年は、まだ何者でもない。だがすでに、“四天王の気まぐれから生き延びた存在”として、この国の中枢に刻まれ始めていた。




