第377話
第377話
アシュレイは言葉を失っていた。
長き時を生きる魔王である。
どれほどの強者と相対しても表情を変えることはなかった。
だが今、目の前の青年は自分が何百年も求め続けた答えを口にした。
「……詳しく聞かせてもらおう」
その一言に、ルシアンは静かに頷く。
「ありがとうございます」
ルシアンは邪神の封印が遠くない未来に破られること。
そして、邪神はほぼ確実に復活してしまうことを語った。
さらに、この世界が人間と魔族の争いによって均衡を保っている仕組み。
神々から託された使命、勇者レオンを育てている理由。人間と魔族、さらには全種族が協力しなければ邪神には勝てないこと。
一切隠すことなく話し続ける。
そして最後に、自らの力について口を開いた。
「私には、ある能力があります」
アシュレイとアジ・ダハーカが静かに耳を傾ける。
「対象の力を吸収し、自らの力へ変える能力です」
その場の空気が変わった。
「神々から託された力も、この能力によって受け継ぎました」
「そして」
ルシアンは真っ直ぐ二人を見据える。
「私は邪神を復活させます。復活した瞬間、その力を吸収し、新たな邪神となる」
アシュレイもアジ・ダハーカも黙ったまま聞いていた。
「その後、勇者レオンたちが私を倒すことで、
邪神そのものを世界から消し去ります」
静寂。
風だけが霊峰を吹き抜ける。
しばらくして口を開いたのはアジ・ダハーカだった。
『なるほど、おおよその計画は理解した』
黄金の瞳がルシアンを見据える。
『だが、一つ疑問がある』
「何でしょうか」
『お前に、力を吸収し己の力へ変える能力があることは理解した』
『しかし』
その巨体がわずかに動く。
『邪神相手にも、それは可能なのか?』
ルシアンは黙って聞いている。
『お前の力が神々に匹敵することも理解した。だが邪神は、それよりなお強大だ』
『神々ですら力を合わせ、封印することしかできなかった存在なのだからな』
その問いは至極もっともだった。
アシュレイも同じ疑問を抱いていた。
ルシアンは静かに息を吐く。
「……今の私では」
一拍置く。
「まだ絶対とは言い切れませんね」
その答えに、二人は少し驚いた。
否定もせず、虚勢も張らない。ただ事実だけを口にする。
「もっと強くなる必要があります」
ルシアンは素直に認めた。
今の自分では足りない。
だからこそ各地を巡り、準備を進めている。
アシュレイが静かに口を開く。
「では、仮にだ」
「お前の能力が邪神に通じず、ただ邪神が復活しただけだった場合、どうするつもりだ?」
その場の空気が張り詰める。
計画が失敗した時、世界は終わる。
その可能性を、魔王は見逃さなかった。
ルシアンは迷わず答える。
「私ごと別空間へ隔離します」
あまりにもあっさりとした答えだった。
「邪神を私が完全に取り込めなかったとしても、私自身を隔離できれば、少なくとも世界への被害は最小限に抑えられます」
アシュレイは目を細める。
「成功する確率は?」
「現状では」
ルシアンは静かに答えた。
「五分五分、といったところです」
その数字に、二人は沈黙した。
決して高くはない。
だが、不可能でもない。
ルシアンは続ける。
「ですが邪神の復活は、そう遠くない未来に訪れます。その時になって、今より状況が整っている保証はありません」
「むしろ準備する時間は、残り少ないでしょう」
静かに、それでいて力強く言葉を紡ぐ。
「だから私は、今動きます。失敗を恐れて何もしなければ、世界に残るのは確実な滅びだけです」
そして、ルシアンは魔王と古竜の両方を見据えた。
「どうでしょうか」
「私の計画に――」
「協力していただけませんか」
霊峰に再び静寂が訪れる。
その答えを決められる者は、この場にいる二人だけだった。




