第374話
第374話
教皇の執務室を後にしたルシアンは、そのまま訓練場へと向かった。
扉を開くと、広い訓練場には勇者一行と数名の聖騎士たちが集まっている。
「ルシアン!」
最初に気付いたのはレオンだった。
「終わったのか」
「はい」
ルシアンは穏やかに頷く。
その傍では、それぞれがこれから師事する相手と顔を合わせていた。
ガイウスとセシルの前には、凛とした黒髪の女性聖騎士――セレナ・ルーヴェル。
テオドールの隣には、どこか飄々とした雰囲気の魔法剣士エルヴィン・ヴェルナー。
ノエルの少し離れた場所には、壁にもたれ腕を組むリシェル・グレイス。
そしてフィアナは、豪快に笑う老女マリア・ローゼンベルクと楽しそうに話していた。
「よろしくお願いします」
ルシアンは一人一人へ丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ」
エルヴィンは軽く手を振る。
「勇者様たちは俺たちがしっかり鍛えるさ」
「……任された」
リシェルも短く答える。
「あなたがルシアンね」
マリアは腕を組みながら笑う。
「フィアナから話は聞いてるよ。ずいぶん頼りになる子らしいじゃないか」
「恐縮です」
穏やかな挨拶を交わす中、一人だけ姿がない。
「ラグナル様は?」
ガイウスが尋ねると、セレナが答えた。
「教皇様から呼ばれているわ。もうすぐ来るはずよ」
その時、レオンが声を掛ける。
「そういえば、教皇様とは何の話だったんだ?」
「教皇様から依頼を受けました」
ルシアンは淡々と答える。
「しばらく教会の仕事を手伝うことになります。そのため、私はこちらを離れていることが多くなるかもしれません」
「え?」
フィアナが驚く。
「どこかへ行くんですか?」
「はい。明日には出発する予定です」
一同がざわつく。
ようやく再会したばかりだというのに、もう別行動。
驚くのも無理はない。
「ですので」
ルシアンは訓練場の中央へ歩き出した。
「出発する前に、一度だけ皆さんへ稽古をつけます」
その言葉に、全員の表情が引き締まる。
ルシアンは静かに振り返った。
「レオン、ガイウス、フィアナ、テオドール、ノエル。全員で来てください」
勇者一行は互いに顔を見合わせた。
「五人で?」
「はい」
ルシアンは微笑む。
「私一人を相手にしてください」
訓練場の空気が変わる。
エルヴィンが口笛を吹く。
「随分な自信だな」
マリアは面白そうに笑う。
「いいじゃないか」
リシェルは黙って腕を組む。
そしてその時、訓練場の入口からラグナルが姿を現した。
「遅れてすまない」
教皇との話を終えたばかりなのだろう。
ルシアンと一瞬だけ目が合う。
互いに何も言わない。
それだけで十分だった。
「始めましょう」
ルシアンは木剣を手に取る。
勇者一行もそれぞれ武器を構えた。
静寂。
ルシアンは穏やかな声で告げる。
「今回の相手は私ですが、私のことは」
一歩踏み出す。
「仮想ゼルキスだと思ってください」
その名前を聞いた瞬間、全員の空気が変わる。
あの敗北、あの絶望、忘れられるはずがない。
「では、始めます」
その瞬間だった。
ドンッ!!
地面が弾ける。
「なっ――!」
レオンが目を見開く。
一瞬で間合いを詰めたルシアンの木剣が、既に目前まで迫っていた。
「遅いです」
カンッ!!
レオンが辛うじて受け止める。
「くっ!」
「今のはゼルキスなら、もう一歩踏み込んでいます」
言葉と同時に二撃、三撃。
速い。
だが、速すぎるわけではない。
この場の誰もが理解できる。
(強い……)
エルヴィンは目を細める。
(少なくともSSでも上位)
セレナも息を呑む。
(この年齢でここまでとは)
マリアも驚きを隠せない。
(フィアナが慕う理由も分かるね)
リシェルは静かに口角を上げた。
(面白い)
しかし、一人だけ。
ラグナルだけは違う感想を抱いていた。
(違う)
その剣筋、踏み込み、呼吸。確かに強い。
だが。
(……まだ隠している)
出している力は本来の一部。
そうでなければ説明がつかない違和感があった。
ルシアンはレオンを弾き飛ばすと、今度はガイウスへ向かう。
「盾は受けるだけではありません」
ガンッ!!
「受け流してください。衝撃を殺す意識を」
次の瞬間にはテオドール。
「詠唱が長いです。考えるより先に身体が動くまで反復してください」
さらにノエル。
「足音、今の一歩で位置が分かります」
最後にフィアナ。
「回復役ほど周囲を見ること。前だけではなく、味方全員を見てください」
五人を相手にしながら、一人一人へ的確な助言を飛ばしていく。
まるで実戦。
いや、実戦以上に濃密な時間が流れていた。
その光景を見つめながら、ラグナルは静かに目を細める。
(お前は一体……どこまで強い)
その答えは、まだ誰も知らない。




