第368話 side教皇
第368話 side教皇
ルシアンとフィアナが聖女専用礼拝室へ入ってから、しばらくの時が流れていた。
教皇アウグストは執務室へ戻り、机を挟んでラグナルと向かい合っていた。
「勇者たちはどうだ」
「加護の確認は順調です」
ラグナルが報告する。
「全員、神性の反応が確認されています。詳細な内容は、各礼拝室の報告を待たなければなりませんが」
アウグストは静かに頷いた。
「そうか」
短い返事。
静かな空気が部屋を包む。
その時だった。
「――っ!」
アウグストが勢いよく顔を上げる。
同時に、ラグナルも目を見開いた。
ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ。
圧倒的な神気が教会本部全体を包み込んだ。
あまりにも神聖で、あまりにも強大。
思わず膝をつきそうになるほどの威圧感。
だが、それは瞬きをする間に消えていた。
「……今のは」
ラグナルが低く呟く。
アウグストは答えない。
ただ険しい表情のまま、教会の奥へ視線を向けている。
「感じたか」
「はい」
ラグナルは頷いた。
「あれほどの神気は、生まれて初めてです」
アウグストは静かに目を閉じる。
「光の神ルミナリア様……いや、それだけではない」
ゆっくりと首を横へ振った。
「確かにルミナリア様の神気も感じた。だが、同時に別の神気も存在していた」
「別の……神」
ラグナルの眉が僅かに寄る。
「まさか」
「私にも分からん」
アウグストは低く答える。
「だが、一柱ではない。複数の神気が重なっていた」
神、それも複数。
そんなことがあり得るのか。
二人の間に重い沈黙が流れる。
しばらくして、ラグナルが口を開いた。
「他に気付いた者は」
「恐らくいない」
アウグストは即答した。
「あまりにも一瞬だった。神性への感応が鈍ければ、違和感すら覚えなかっただろう。それに、教会本部には今、多くの加護確認のための術式が展開されている」
「多少の神性の揺らぎなら、その影響だと思うはずだ」
ラグナルも静かに頷いた。
「なるほど。では、この件は」
「まだ誰にも話す必要はない」
そう言いかけた、その時だった。
コンコン。
静かなノックが部屋へ響く。
「入りなさい」
アウグストが許可を出す。
扉がゆっくりと開いた。
「失礼します」
部屋へ入ってきたのはルシアンだった。
その姿を見た瞬間、アウグストとラグナルの表情が変わる。
(……神気)
先ほど感じたものほどではない。
だが、確かに感じる。
ルシアンの身体から、ごく僅かではあるが神気が漏れ出していた。
しかも一つではない。
光の神ルミナリアの神気。
そして、それとは明らかに異なる神気。
複数。
微弱であるにもかかわらず、神であることだけは疑いようがない。
(先ほどの神気は……)
アウグストは確信した。
原因は、目の前の青年だ。
ルシアンは二人の視線に気付いたようだったが、普段と変わらぬ穏やかな表情を崩さない。
「お待たせしました」
静かな声。
それでも部屋の空気は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
アウグストはしばらく無言でルシアンを見つめる。
やがて、小さく息を吐いた。
「本来であれば、もっと落ち着いて話をするつもりだった」
低く響く声。
その眼差しは、教皇としてではなく、一人の人間として真実を求めるものだった。
「ルシアン」
真っ直ぐにルシアンを見据える。
「君は、何者だ」
短い沈黙。
そして、さらに一歩踏み込む。
「……その神気は、一体何だ」




