第365話
第365話
翌朝。
朝の鐘が三度鳴り響いた頃、レオンたちは教会本部の礼拝堂前へ集まっていた。
教会本部には、大小さまざまな礼拝室が存在する。
一般の信徒が祈りを捧げるための場所、神官が儀式を行うための場所。そして、加護を確かめるために特別な術式が施された場所。
それぞれの礼拝室は、祀られている神や用途によって構造が異なっていた。
一行の前には、教皇アウグストと数名の神官、聖騎士たちが並んでいる。
「これより、諸君らが授かった加護の確認を行う」
アウグストが厳かな声で告げる。
「神性は互いに干渉することがある。正確な結果を得るため、確認はそれぞれ別の礼拝室で行う」
その言葉に、レオンたちは頷いた。
アウグストの合図を受け、控えていた者たちが一歩前へ出る。
「勇者レオン様はこちらへ」
「ガイウス様は私がご案内いたします」
「テオドール様、こちらです」
それぞれに神官や聖騎士が付き、別々の礼拝室へと案内されていく。
「じゃあ、また後でな!」
レオンが手を上げる。
「どんな加護だったか、後で教え合おうぜ」
「騒ぐな、レオン」
テオドールが呆れたように言う。
「確認の場なのだから、少しは慎め」
「分かってるって」
ノエルも案内役の聖騎士について歩き出す。
「シルフィとルナのことも分かるかな」
「精霊との契約に変化があるなら、それも確認できる可能性はある」
案内役の神官がそう答えると、ノエルは僅かに期待を滲ませた。
ガイウス、テオドール、ノエルが順に廊下の先へ消えていく。
セシルもまた、一人の聖騎士に案内されることとなった。
「フィアナ様、後ほど」
「ええ、落ち着いて受けてきてください」
「はい」
丁寧に一礼し、セシルもその場を離れる。
やがて広い廊下に残ったのは、教皇アウグストと数名の神官。
そして、ルシアンとフィアナだけになった。
アウグストがルシアンへ視線を向ける。
「昨日伝えた通り、貴方とは話をしたいと思っている」
「はい」
ルシアンは穏やかに答えた。
「その件ですが、皆さんの加護の確認が終わってからでも構いませんか?」
アウグストは僅かに目を細める。
何か意図があることを察したのだろう。
しかし、理由を問いただすことはなかった。
「構わない。急を要する話ではない」
「ありがとうございます」
ルシアンは軽く頭を下げる。
そして、フィアナへと向き直った。
「フィアナ」
「はい」
「約束を果たしましょう」
フィアナの表情が変わる。
先日の襲撃が終わった直後。ルシアンは、自身の秘密についてひと月ほどで話すと約束した。
その言葉を、フィアナは忘れていなかった。
「……今からですか?」
「ええ」
ルシアンは静かに頷く。
「ここであれば、あなたにも信じてもらえる形で話せます」
その言葉に、フィアナは小さく息を呑んだ。
アウグストは二人の様子を見つめていたが、追及することはなかった。
「聖女専用の礼拝室を使うつもりか」
「はい。許可をいただけますか?」
「本来、あの場所へ入ることが許されるのは聖女と教皇のみだ」
厳しい声。
それでもアウグストは、すぐに言葉を続けた。
「だが、フィアナが望むのであれば認めよう」
フィアナは迷うことなく頷いた。
「お願いいたします」
「分かった」
アウグストは近くに控えていた神官へ視線を向ける。
「扉を開けよ」
「承知いたしました」
二人は教会本部のさらに奥へ案内された。
一般の信徒は立ち入ることのできない区画。
進むほどに人の気配は薄れていき、周囲を満たす空気も変わっていく。
やがて、白銀の扉の前へ辿り着いた。
扉には光の神ルミナリアを象徴する紋章が刻まれている。
神官が鍵を開け、静かに扉を押し開いた。
「こちらが聖女専用の礼拝室です」
その先にあるのは、決して広くない部屋だった。
華美な装飾はない。正面に置かれているのは、光の神ルミナリアを象った白い像。
その前には祈りを捧げるための祭壇と、柔らかな白い布が敷かれている。
天井から差し込む光が室内を淡く照らしていた。
フィアナが一歩足を踏み入れる。
教会本部のどの場所よりも、濃密な神性が満ちている。
空気そのものが光を含んでいるかのようだった。
フィアナに続き、ルシアンも礼拝室へ入る。
背後で扉が閉じられた。
二人きりとなった室内に、静寂が訪れる。
フィアナは正面の神像を見つめた後、ルシアンへ向き直った。
「ここで、何をするのですか?」
「祈ってください。光の神ルミナリアへ」
「……祈るだけですか?」
「ええ」
ルシアンは祭壇の前まで進む。
「ただし、いつものようにではありません」
そう告げると、ルシアンは静かに目を閉じた。
その身体から、微かな神性が溢れ出す。
一つではない。
風のように穏やかな気配、大地を揺るがすような力強い気配。そして、全てを覆い隠す影のような気配。
フィアナは息を呑んだ。
学園の襲撃時に感じたものと同じ。
だが、あの時よりも遥かに鮮明だった。
「フィアナ、祈りを」
「……はい」
フィアナは神像の前で膝をつき、胸の前で両手を組んだ。
目を閉じる。
「光の神ルミナリア様。どうか、私たちの声をお聞きください」
その祈りに応えるように祭壇の奥で、光が揺らめいた。
最初は小さな光だった。
しかし、それは瞬く間に広がり、礼拝室全体を白く染め上げていく。
「……っ!」
フィアナが目を開く。
周囲の景色が崩れていく。
壁も、天井も、祭壇も光の粒となって消えていく。
気付けば二人は、果ての見えない白い空間に立っていた。
地面すら存在しない。
それでも不思議と足場はあり、身体が沈むこともない。
肉体の重さが消えている。
そのとき、静かな声が響いた。
「ここは、神々の領域と人の世界の“狭間”です」
ルミナリアだった。
その姿はまだ完全には現れていないが、声だけが白い空間に澄んで広がる。
「あなたたちの肉体は、先ほどの礼拝室に残っています。ここにあるのは、魂と意識だけ」
「神と対話するために、一時的に切り離された“心の場”です」
言葉とともに、空間の白さがわずかに揺らぐ。そしてその中心に、眩い光が再び集まり始める。
長く美しい金色の髪、慈愛に満ちた瞳、純白の衣。その姿を目にした瞬間、フィアナの身体が震えた。
見間違えるはずがない。
幼い頃から祈り続けてきた。
信仰し、敬い、その名を呼び続けてきた存在。
「……ルミナリア、様」
掠れた声が零れる。
光の神――ルミナリア。
人々の祈りを受ける神が、確かに二人の前へ姿を現していた。




