第364話
第364話
「聖国リュミエルは諸君らを歓迎しよう」
教皇アウグストの言葉が、静かな大広間へ響く。
鋭い眼差し、険しい表情。歓迎の言葉を口にしているというのに、その姿からは厳格な印象しか受けない。
レオンたちは僅かに緊張しながら頭を下げた。
「ありがとうございます」
代表してレオンが答える。
アウグストは静かに頷くと、その隣に立つ大柄な男へ視線を向けた。
「既に知っている者もいるだろうが、紹介しておこう。聖騎士団を預かる、ラグナル・ガルシアだ」
聖騎士長ラグナルは一歩前へ出た。
鍛え抜かれた長身、隙のない立ち姿。
背負った大盾と腰に差した剣からは、長年戦場に立ち続けてきた者だけが持つ重みが感じられる。
「ラグナル・ガルシアだ。聖国に滞在している間、諸君らの修練にも協力する予定になっている。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
レオンが力強く答える。
ガイウスとセシルも、真剣な表情で一礼した。
セシルにとっては、聖騎士団の頂点に立つ人物。
その表情には普段以上の緊張が滲んでいる。
「お久しぶりです、ラグナル様」
「久しいな、セシル」
ラグナルはセシルを見据える。
「アーカディアでの活躍は聞いている」
「ですが、自分はまだ未熟です」
「その認識があるなら問題ない。ここで鍛え直すといい」
「はい!」
セシルは背筋を伸ばして答えた。
その後、司教や聖騎士団の幹部たちからも簡単な紹介が行われる。
人数は決して多くない。
教皇、聖騎士長、数名の高位聖職者と、聖騎士団の幹部。
聖女の帰還と勇者の来訪を迎える場としては、むしろ質素と言える規模だった。
やがて一行は、隣接する小さな会食室へ案内された。
長い卓の上には食事が並べられている。
焼きたてのパン、野菜と肉を煮込んだスープ、白身魚の香草焼き、新鮮な果物。
どれも丁寧に作られているが、華美な装飾や希少な食材は使われていない。
ガイウスが周囲を見回し、小声でレオンへ話しかける。
「教皇様が出る食事って、もっとすごいもんだと思ってた」
「俺も」
二人の会話は小声だった。
しかし、アウグストには聞こえていたらしい。
「失望したか?」
険しい表情のまま問われ、二人の背筋が伸びる。
「い、いえ!」
「そういう意味ではありません!」
慌てて否定する二人。
アウグストは表情を変えない。
「世界には、日々の食事にも困る者がいる。教会の上に立つ者が、彼らの献金によって過度な贅沢をするべきではない」
「必要な歓待は行う。だが、華美である必要はない」
厳しい口調だった。
しかし、その言葉からはアウグストの信念が感じられた。
レオンは真剣な表情で頷く。
「立派な考えだと思います」
「そう思うのであれば、遠慮せずに食べるといい。食事を残す方が問題だ」
「はい!」
会食が始まる。
初めこそ緊張していた一行だったが、料理を口にするにつれて少しずつ表情が和らいでいく。
「美味しいな、これ!」
レオンがスープを飲みながら声を上げる。
「旅の後だから余計に染みるな」
ガイウスもパンを手に取る。
「食事中に大声を出すな」
テオドールが呆れたように言う。
「いいではありませんか」
フィアナが柔らかく微笑む。
「リュミエルの料理を気に入っていただけたようで、嬉しいです」
セシルも静かに頷いた。
「こちらのスープは、昔から神殿で作られているものです。質素ではありますが、栄養にも配慮されています」
「詳しいな」
「幼い頃から何度もいただいていますので」
穏やかな会話が続く。
その間、アウグストはレオンたちへアーカディアでの生活や、先日の襲撃について幾つか質問した。
問いかける口調は厳しい。
だが、一方的に責めるようなことはない。
レオンたちの言葉を最後まで聞き、必要なことだけを確認していく。
やがて食事が一段落すると、アウグストが口を開いた。
「本来であれば、すぐにでも諸君らの加護を確認するべきだろう。だが、ここまでの旅で疲労もあるはずだ」
「本日は用意した部屋で身体を休めるといい。加護の確認は明日の朝から行う」
テオドールが尋ねる。
「全員で同じ場所に集まって行うのでしょうか?」
「いや」
アウグストは首を横へ振る。
「神性の反応を正確に確認するため、それぞれ別の礼拝室を使用する。各自に神官と聖騎士を付ける予定だ。詳細は明日の朝に伝える」
「わかりました」
アウグストはフィアナへ視線を向ける。
「フィアナには聖女専用の礼拝室を使ってもらう」
「はい」
「長く離れていたことで、加護に何らかの変化が起きている可能性もある。貴女自身の状態も確認しておくべきだろう」
「承知しました」
フィアナは静かに頭を下げる。
続いてアウグストはルシアンを見た。
険しい瞳が僅かに細められる。
「ルシアン」
「はい」
「貴方については、フィアナから少なからず話を聞いている。明日、少し時間をもらいたい」
「構いません」
短いやり取り。
それだけで終わったが、アウグストの視線には他の者へ向けるものとは異なる、探るような色が宿っていた。
会食を終えた一行は、それぞれ客室へ案内されることとなった。
「では、本日はゆっくり休むといい」
アウグストが告げる。
「明日は朝の鐘が三度鳴った後、礼拝堂前へ集合せよ」
「はい!」
レオンたちは一礼し、案内役の聖職者と共に部屋を後にする。
残されたアウグストは、閉じられた扉をしばらく見つめていた。
その隣でラグナルが静かに尋ねる。
「気になる者がいましたか?」
「ああ」
アウグストは短く答える。
「勇者も、その仲間たちも興味深い。だが――」
一度言葉を切る。
「ルシアンという青年。彼からは、どうにも測り知れないものを感じる」
ラグナルも静かに頷いた。
「同感です」
アウグストは険しい表情のまま、何かを考えるように目を細める。
「明日になれば、多少は分かるかもしれんな」




