表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果てなき世界  作者: 影川明空人
第7章 学園2年目 武闘大会編
360/384

第359話

第359話


 ルシアンは破壊された街を静かに歩いていた。


 崩れた建物、焼け焦げた路地、あちこちから立ち上る黒煙。


 戦いは終わった。しかし、その傷跡はあまりにも深い。


「た、助けて……」


 微かに聞こえた声へ足を向ける。


 瓦礫の下敷きになった男性。


 ルシアンは瓦礫をどかし、回復魔法を施す。


 淡い光が傷を包み込み、男性の表情が少し和らいだ。


「ありがとうございます……」


「アーカディア学園に避難所が設けられています。歩けるようでしたら、そちらへ向かってください」


「……はい」


 何度も頭を下げる男性を見送り、ルシアンは再び歩き出した。


 倒壊した建物の中から子どもを助け出し、負傷者へ回復魔法を施し、避難場所を伝える。


 感謝の言葉を受けても、ルシアンは静かに頷くだけだった。


 ふと、目の前に広がる光景が、幼い頃の記憶と重なる。


 ゼルキスによって蹂躙された故郷。


 燃え盛る屋敷、瓦礫となった街、泣き叫ぶ人々。


(……似ていますね)


 静かに目を閉じる。


 そして、また歩き出した。


 やがて、ルシアンの足が止まる。


「……リオルド」


 血塗れのまま建物にもたれかかる青年。


 虚ろな瞳は何も映していなかった。


 既に息絶えている。


 ルシアンはそっとその瞼を閉じた。


「お疲れ様でした」


 周囲を見渡す。


 四年生のロイド、三年生のディルク、他にも数名。


 皆、この場所で命を落としていた。


 ルシアンは一人ひとりを静かに運び、並べていく。


 空間魔法へ収め、学園へ運ぶためだった。


「……ルシアンか」


 振り返ると、そこにはアレスが立っていた。


 その声には、わずかな掠れが混じっていた。


「遺体を集めてくれたのか」


「はい。私がこれから空間魔法で収納して運びます」


「そうか……」


 短い返答のあと、沈黙が落ちる。


 アレスは視線を逸らすこともできず、ただ遺体を見つめていた。


 その拳が、ゆっくりと握り締められていく。


「俺が間に合わなかったばかりに、後輩たちを死なせてしまった」


 吐き出すような言葉。


 だが、その奥には言い切れない何かが残っていた。


 ルシアンはすぐには答えず、静かにその言葉を受け止める。


 わずかな間、風が瓦礫を撫でる音だけが響いた。


「ここで戦ったのはドラクスですか?」


「ああ」


 短く答えたあと、アレスは目を伏せる。


「俺が来た時には、既に立っていたのは奴だけだった」


 その言葉の裏にある光景を、ルシアンは想像する。


 間に合わなかった時間、届かなかった距離、救えなかった命。


 アレスの拳がさらに強く握られる。


「俺は前よりも強くなったはずだった……」


 ぽつりと零れる。


「でも奴にはまだ届かなかった」


 言葉が途切れる。


 続けようとして、飲み込む。


 そして、ようやく絞り出すように。


「俺が護るべきだったのに……」


 その声は、悔しさと自責に沈んでいた。


 ルシアンはしばらく何も言わなかった。


 ただ、並べられた遺体へと視線を落とす。


 静かな時間が流れる。


 やがて。


「アレス先輩」


「……なんだ?」


 顔を上げたアレスの瞳には、まだ揺らぎが残っていた。


「アレス先輩の『強い者が弱い者を助ける』という考えは、素晴らしいものだと思います」


 その言葉に、アレスはわずかに目を見開く。


 だが、すぐに視線を落とした。


「ですが――」


 ルシアンは一歩、遺体へと近づく。


 その動きは静かで、しかし確かな意思を伴っていた。


「彼らは、ただ護られる存在ではなかったはずです」


 アレスの肩が、わずかに揺れる。


「彼らはドラクスという強敵を前に、それでも街の人々を救うため、勇敢に立ち向かった」


 言葉の一つひとつが、静かに積み重なっていく。


「そして、力及ばず敗れました」


 そこで一度、言葉が止まる。


 沈黙。


 その間に、彼らの最期が浮かび上がるようだった。


「ですが、それは憐れまれる行いではありません。称賛されるべき行いです」


 アレスは何も言えない。


 ただ、その言葉を受け止めるしかなかった。


 一拍。


 さらに深い沈黙。


「事実、ドラクスに殺されたのは、ここで勇敢に戦い続けた彼らだけのはずです」


 ルシアンの声は変わらず静かだった。


 だが、その奥には確かな敬意があった。


「アレス先輩」


 呼びかけに、アレスはゆっくりと顔を上げる。


「貴方が来るまで命を懸けて時間を稼ぎ、多くの命を救った彼らに対して、その言葉は侮辱に値すると思います」


 その言葉は厳しかった。


 だが、責めるためではない。


 彼らを正しく見てほしいという、静かな願いだった。


 アレスは俯く。


 何かを言おうとして、言葉が出ない。喉の奥で止まる。拳が震える。


 やがて、力が抜ける。


 長い沈黙のあと。


「……そうだな」


 ようやく絞り出された声は、先ほどよりも静かだった。


 だが、どこか柔らかさを帯びていた。


 アレスはゆっくりと遺体の前へ歩み寄る。


 一人ひとりを見つめる。


 その視線には、先ほどまでの後悔だけではなく、確かな敬意が宿っていた。


 そして、深く頭を下げる。


「お前たちのおかげで、多くの命を救うことができた」


 言葉の間に、わずかな震えが混じる。


「ありがとう」


 その言葉を聞き、ルシアンは静かに目を伏せた。


 そして、全員の遺体を空間魔法へと収める。


 アレスは深く息を吐く。


 その吐息には、まだ消えない後悔と、それでも前を向こうとする意思が混ざっていた。


「俺は残党がいないか、街を見て回る」


 少しだけ間を置いてから続ける。


「お前も気を付けろよ」


「はい」


 ルシアンは小さく頷く。


「アレス先輩も、お気を付けて」


 アレスは一瞬だけ立ち止まり、何かを言いかける。


 だが、結局何も言わずに背を向けた。


 壊れた街へと歩いていく。


 その背中には、まだ重いものを背負いながらも、確かに前へ進もうとする強さがあった。


 その背中を見送りながら、ルシアンもまた静かに歩き始める。


 まだ、この街には救える命が残っているかもしれないのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ