第356話
第356話
降り注いでいた光の雨は、ゆっくりとその数を減らしていく。
フィアナはただ呆然と空を見上げていた。
「……すごい」
それしか言葉が出ない。
あまりにも幻想的で、あまりにも圧倒的だった。
その目の前では、ゼルキスがなおも笑みを浮かべながら、降り注ぐ光を捌き続けていた。
刀が閃き、闇が走り、空間が歪む。
それでも全ては防ぎ切れず、幾筋もの光がその身を掠め、血が舞う。
やがて最後の一条が消えた。
静寂が訪れる。
ゼルキスは肩で息をしていた。
全身には浅い切り傷が幾つも刻まれ、血が流れている。
それでも、その瞳だけは爛々と輝いていた。
「やっぱり最高だよぉ。まだまだ遊び足りないなぁ」
ルシアンは何も答えない。
ただ静かにゼルキスを見据えていた。
その時だった。
空間が揺らぎ、黒い渦がゆっくりと開かれた。
そこから姿を現したのは、ヴォイドだった。
「ゼルキス様、撤退の命令が下りました。他の者たちは既に撤退済みです」
しかし、ゼルキスは振り返ることもなく答える。
「俺はまだまだ遊び足りないから、勝手に帰っててよ」
次の瞬間、渦の中から大柄な男が姿を現した。
「バカを言うな、ゼルキスよ」
豪快な笑い声。
ドラクスだった。
「お前さんの気持ちは分からなくもないが、命令は命令だ」
ゼルキスは不満そうに頬を膨らませる。
「ドラクス、君も分かるだろ。目の前にいる存在の強大さを」
ドラクスは初めてルシアンへ視線を向ける。
数秒見つめた後、目を大きく見開いた。
「もしかして、さっきの魔法を撃ったやつか!?あれは凄かったなぁ!」
豪快に笑う。
「お前とも戦ってみてぇなぁ!」
その瞬間、渦の奥から低く重い声が響いた。
「何をしている、お前たち。命令が聞こえなかったのか?」
空気が変わる。
渦の奥から一人の男が歩み出る。
金色の髪と瞳、揺るがぬ威圧感。
魔王軍四天王統率役、ガルドレイン。
その姿を見た瞬間、フィアナの背筋に冷たいものが走る。
(四天王が……三人……)
絶望的な戦力差。
思わず身体が震えた。
その時、隣から静かな声が聞こえた。
「大丈夫です」
ルシアンだった。
その一言だけで、不思議と心が落ち着く。
ドラクスは慌てて両手を上げた。
「ちょっと待て!俺はゼルキスを呼び戻しに来ただけだぞ!」
ガルドレインは一切表情を変えず、ゼルキスを見る。
「ゼルキス」
その一言だけで十分だった。
ゼルキスは嫌そうに頭を掻く。
「俺はまだルシアンと遊び足りないんだよぉ。やっと前より本気を出してくれてるしさぁ」
ガルドレインはルシアンへ一瞥を向ける。
そして静かに告げた。
「撤退だ。魔王様の命令を忘れたか?」
ゼルキスは露骨に嫌そうな顔をした。
「ちぇー……分かったよ」
渋々、空間の渦へ向かって歩き始める。
ガルドレインが続ける。
「神器のことも含め、詳しく話してもらうぞ」
「あー、戻すの忘れてた」
ゼルキスは笑いながら《冥夜刀ネブラ》を空間魔法へ収納する。
先にドラクスが渦へ入る。
続いてゼルキス。
振り返り、大きく手を振った。
「またねぇー、ルシアン」
そして姿を消した。
最後に残ったガルドレインは、不意に視線を横へ向ける。
その先には、倒れたまま意識を失っているレオン。
何の前触れもなく。
高速で圧縮された魔力弾が放たれた。
一直線にレオンへ迫る。
しかし、ルシアンが杖を軽く振るう。
魔力障壁が展開され、魔力弾を容易く打ち消した。
「させませんよ」
ガルドレインは当然だと言わんばかりに、小さく鼻を鳴らす。
「……だろうな」
最後にもう一度だけルシアンを見つめる。
その眼差しには、興味とも警戒ともつかない色が宿っていた。
やがて踵を返し、空間の渦へ足を踏み入れる。
黒い渦は静かに閉じられた。
戦場には、ようやく静寂が訪れた。




