第354話
第354話
ルシアンが静かに左手を突き出す。
その指にはめられた黒銀の指輪が淡い光を放ち始めた。
周囲の魔力が渦を巻く。
まるで世界中の魔力が吸い寄せられるように、その一点へ集まり始める。
空気が震えた。
やがて眩い輝きと共に、黒銀の指輪はゆっくりと姿を変えていく。
伸び、変形する。黒銀の金属が組み替わり、一振りの杖となった。
装飾はほとんどない無骨な杖。
だが、指輪だった時には感じられなかった、圧倒的な存在感が辺りを支配していた。
ゼルキスの口元が大きく吊り上がる。
「なにそれっ!?」
まるで子どもが新しい玩具を見つけたような声だった。
ルシアンは静かに杖を構える。
「秘密です」
一拍置く。
「では、終幕です」
静かに詠唱が始まる。
「【遥か彼方に眠る無数の星々】」
フィアナは思わず空を見上げた。
空が揺らいでいる。
雲が渦を巻き、光が収束していく。
「【静寂を抱き、悠久の時を越えてなお、空はただ在り続ける】」
巨大な魔法陣がゆっくりと姿を現し始めた。
あまりにも巨大だった。
街全体。いや、アーカディアそのものを覆い尽くすほどの大きさ。
――別の戦場。
ヴァルクレインと激突していたエイルも動きを止める。
「なんだ……あれは」
ヴァルクレインも思わず空を見上げた。
――別の戦場。
ドラクスと戦うアレスたち。
ベルが驚きの声を漏らす。
「うそ……」
カインも空を見て笑う。
「なんだありゃ」
アルトは目を細める。
「……なんて規模だ」
ドラクスですら戦いを止め、大きく笑った。
「ハハハハハ!面白ぇ!」
――学園付近。
ヒューギルは空を見上げ、小さく目を見開く。
「まさか……」
対峙するバルドリックも低く呟いた。
「何者だ……?」
――街中。
戦いから逃げ惑っていた人々、避難していた子ども、騎士、教師。誰もが足を止める。
「綺麗……」
「星……?」
「夜じゃないのに……」
恐怖に染まっていた街は、一瞬だけ静寂に包まれた。
まるで神話の一場面。誰もが空へ見惚れていた。
一方、ゼルキスだけは違った。
本能が告げている。あれは危険だと。
「【誰がために輝き、誰がために堕ちるのか】」
「【その答えを知る者はなく、その意味を知る者もまた存在しない】」
「止めないとまずそうだねぇ!」
ゼルキスが地を蹴る。
《冥夜刀ネブラ》が闇を纏う。
空間魔法、風魔法、闇魔法。
全てを織り交ぜ、一気にルシアンへ襲い掛かった。
しかし、ルシアンは詠唱を止めない。
「【されど巡る星は天命を違えず】」
杖を片手で操る。
最小限の動きで刀を受け流し、闇を打ち払う。
「【一つは希望となり、一つは終焉を告げる】」
ゼルキスがさらに踏み込む。
神速の連撃。
それでもルシアンは一歩も退かない。
「【願いは天へ、罪は我が身へ】」
杖が回り、刀を弾く。
蹴りをかわし、魔法を打ち消す。
なおも詠唱は続く。
「【天蓋を星光で満たし】」
「【遍く空に光の軌跡を刻め】」
空の魔法陣は完成へ近付いていく。
ゼルキスは笑っていた。
興奮と焦り、二つの感情が入り混じる。
「最高だよぉ!でも、それは撃たせない!」
刀を振り抜く。
ルシアンはその一撃を受け流しながら、最後の二節を静かに紡いだ。
「【星よ、今ここにその眠りを終え】」
世界が静まり返る。
「【天より堕ちて、一条の光となれ】」
杖を天へ掲げる。
そして、ルシアンは静かに告げた。
「――《アポカリプス・レイ》」




