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果てなき世界  作者: 影川明空人
第7章 学園2年目 武闘大会編
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第351話

第351話


 ゼルキスが空間魔法から取り出した刀。


 その刀身から放たれる禍々しい気配は、空気そのものを重く歪ませ、肌にまとわりつくような圧迫感を生み出していた。呼吸すらわずかに阻害されるほどの魔力の密度。


 ゼルキスは嬉しそうに刀を肩へ担ぐ。


「これはねぇ、《冥夜刀ネブラ》って言うんだぁ」


 ルシアンは静かに刀を見つめる。その視線は微動だにせず、ただ冷静に観察していた。


「その気配と銘から察するに恐らく、闇の神・ノクティス由来の物ですね」


 ゼルキスは満面の笑みを浮かべた。


「さすがルシアン!正解だよぉ!」


 刀を軽く振る。


 ヒュン、と空気が裂ける鋭い音が響き、黒い魔力が刃へ絡み付く。周囲の光が吸い込まれるように暗く沈んだ。


「前は魔王軍で管理してたんだけど、魔王様に許可をもらって、今は俺が持ってるんだぁ。無闇矢鱈に使わないように言われてるし、使ったらつまんなくなっちゃうから、いつもは使わないんだけど」


 赤い瞳がルシアンを射抜く。


「ルシアンにならいいよねぇ」


 次の瞬間。


 ――空気が爆ぜた。


 ゼルキスの姿が消えると同時に、衝撃波が地面を叩き、砂塵が弾け飛ぶ。


「――っ!」


 視認すら困難な速度。


 《冥夜刀ネブラ》が闇を纏い、空間ごと切り裂くように振り下ろされる。


 ギィィンッ!!


 金属が激しくぶつかり合う甲高い衝撃音が響き、火花が散る。


 ルシアンは剣でそれを受け流した。


 だがそこで終わらない。


 刃から溢れた闇が粘つくように絡み付き、剣へ侵食する。同時に、ゼルキスの気配が完全に消失した。


 ――消えた。


 次の瞬間、背後から空間が裂ける音と共に、斬撃が飛来する。


 ビシィッ、と空気が裂け、見えない刃が迫る。


 ルシアンは振り向きもせず、わずかに身体を傾けるだけでそれを回避した。


 さらに、ゼルキスが再び現れる。


 いや、現れたように見えただけで、既に次の位置へ移動している。


 連続する高速移動。残像すら残らない。


 ただ、空気が裂ける音と、地面を踏み砕く衝撃だけが連続して響く。


 ドンッ、ドンッ、ドンッ――!


 ゼルキスの猛攻。漆黒の斬撃が雨のように降り注ぐ。空間が歪み、裂け、闇が奔流となって押し寄せる。


 遠目には、ルシアンが押されているように見えた。


 だが一撃も当たらない。


 ギィン、キィン、ガンッ――!


 剣戟の音が連続して響く。


 髪を掠める距離でかわし、最小限の動きで受け流し、必要な瞬間だけ刃を合わせ、衝撃を逃がす。


 その動きは極限まで無駄が削ぎ落とされていた。


 ゼルキスが嵐のように暴れ回るのに対し、ルシアンは静止しているかのように見える。


 だが実際には、ほんのわずかな重心移動、指先の角度、呼吸のタイミング。


 その全てが精密に計算され、致命の一撃を回避していた。


 その姿は、まるで舞。荒れ狂う暴風の中で、ただ一人静かに立つ存在。


 レオンは息を呑む。


「すげぇ……」


 肌を刺すような魔力の圧力。耳を打つ衝撃音。視界を埋め尽くす高速の斬撃。


 これが本当の強者の戦い。


 少しでも、一つでも、技術を盗もうと目を逸らさない。


 だが限界だった。


 視界が揺れる。


 魔力の圧に押し潰されるように、意識が遠のいていく。


「もっと……見たい……のに……」


 そこでレオンの意識は途切れた。


 フィアナが慌てて支える。


「レオン!」


 一方、ゼルキスは笑い声を上げながら刀を振るい続ける。


 ヒュンッ、バシュッ、ドンッ――!


 空気を裂き、地面を砕き、闇が爆ぜる。


「これはどう?」


 斬撃。


「これは?」


 闇魔法。


 黒い奔流が押し寄せ、空間を侵食する。


「これは?」


 空間魔法。


 裂けた空間から不可視の刃が飛び出す。


 どれも必殺、どれも触れれば終わりの一撃。


 それでも、ルシアンは全てを捌く。傷一つ負わず。


 ただ静かに嵐の中心で、微動だにせず。


 ゼルキスは心の底から楽しそうに笑った。


「これを使ってもダメだなんてぇ、流石だよぉルシアン」


 その時、ルシアンは倒れたレオンへ一瞬だけ視線を向けた。


 レオンが完全に気絶したことを確認すると、小さく後ろへ跳ぶ。


 トン、と軽い音。


 それだけで、戦場の緊張が一瞬緩む。


 距離を取る。


 ゼルキスは不思議そうに首を傾げた。


「んー?どうしたの?」


 ルシアンは静かに左手を前へ突き出した。


 その動きは、これまでの防御とは明らかに異なる意思を帯びていた。


「もう時間切れです。終わりにしましょう」


 その瞬間、フィアナはあることに気付く。


(あれ……?ルシアンは、あんな指輪をしていたでしょうか……)


 左手にはめられた指輪。それが淡い光を放ち始める。


 周囲の魔力が引き寄せられ、空気が震える。


 やがて眩い輝きと共に、その姿をゆっくりと変え始めた。


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