第341話
第341話
視点は少し前へ戻る。
アーカディア郊外。
魔物の死骸が大地を埋め尽くしていた。黒い血が流れ、辺り一面に静寂が広がる。
その光景を見渡しながら、一人の魔族が震えていた。
魔族の指揮官、ガルム。
「あり……えん……」
掠れた声が漏れる。
出撃した魔物の軍勢は、既にほとんど残っていなかった。
空間魔法を操る六体のゲートレイス。
その全てが息絶えている。
さらには十七厄災の一角、SSSランクの魔物、魔眼獣バロール。
その巨体もまた、大地へ沈んでいた。
そして、それら全てを成した存在は、無数の死骸の中心で、何事もなかったかのように立っていた。
服には僅かに返り血が付いているだけ。
呼吸一つ乱れていない。
「なんなのだ……これは……」
ガルムの足が震える。
「こんなの……魔王様でさえ……」
一歩、また一歩、無意識に後退する。
逃げなければ。
本能だけがそう叫んでいた。
「何処に行こうとしているのですか?」
背後から声がした。
ガルムは弾かれたように振り返る。
そこには、先程まで数十メートル先にいたはずの青年が立っていた。
いつの間に。
どうやって。
全く分からない。
ガルムの喉が震える。
「なんなのだ……お前は……本当に……人間なのか?」
ルシアンは少しだけ口元を緩めた。
「さあ?どうでしょうね?」
その声音はいつもと変わらない。
穏やかで、静かで、だからこそ恐ろしかった。
「あまり時間がないので、さようなら」
一閃。
ガルムは何が起きたのか理解することもなく、その場へ崩れ落ちた。
ルシアンは振り返ることもない。
「さて、では」
足元から黒い影がゆっくりと広がる。
影は生き物のように蠢き、倒れ伏した魔物たちを次々と飲み込んでいく。
バロール、ゲートレイス、無数の魔物。
その全てが影へ沈んでいった。
直後、膨大な力がルシアンの身体へ流れ込む。
「……っ」
魔力が脈打つ。
以前、ベヒモスを吸収した時を遥かに上回る奔流。
身体中を暴れ回る膨大な魔力を、一つ一つ抑え込んでいく。
「ベヒモス以上ですね。まだ制御し切れていませんが……」
ルシアンはゆっくりと目を開く。
その視線の先、アーカディアの方角には、黒煙がいくつも立ち上っていた。
遠くから爆発音も聞こえる。
もう始まっている。
ルシアンは静かに息を吐いた。
「時間がありませんね」
右手を前へかざす。
空間が歪み、転移魔法が展開される。
「急ぎますか」
次の瞬間、ルシアンの姿はその場から消えていた。




