第340話
第340話
「あー、いたいた」
屋根の上から飛び降りる一人の男。
紫がかった黒髪が揺れ、赤い瞳が楽しそうに細められる。
その頭には、魔族であることを示す黒い角。
四天王ゼルキス。
ゼルキスはレオンたちを見回し、にやりと笑った。
「久しぶりだねぇ。また遊ぼうよ」
一年生の最後に行われた合同遠征。
一年生が密集していた場所に突如として現れたドラクス。レオンはドラクスに全力の一撃を放ち行動不能となっていた。
その後現れたゼルキスとまともに戦う機会はなかった。
ゼルキスは退屈そうに肩を竦める。
「今度はちゃんと遊べるよねぇ」
だが、その言葉を遮るようにロザリウスが前へ出る。
「いま私が聖女と話しているのだ!邪魔をするな!」
光魔法が放たれる。
眩い閃光がゼルキスへ襲い掛かる。
しかし、ゼルキスは避けようともしない。
「君は邪魔」
ただ、それだけ言った。
瞬間、姿が消える。
「なっ――」
ロザリウスが反応する間もなく、腹部へ拳がめり込んだ。
凄まじい衝撃。
ロザリウスの身体は建物を突き破り、数十メートル先まで吹き飛ばされる。
轟音が響いた。
ゼルキスは何事もなかったかのように手を払う。
「じゃあ、遊ぼっか」
その瞬間だった。
ロザリウスの邪法が途切れる。
強化されていた邪神教徒たちは力を失い、その場へ次々と倒れ込んだ。
「きっ……貴様ぁ!」
瓦礫の中からロザリウスが立ち上がる。
怒りで顔を歪め、再びゼルキスへ魔法を放とうとした。
しかし。
「なに?君からやるの?」
ゼルキスが振り返る。
その赤い瞳。
ただ視線を向けられただけだった。
ロザリウスの全身が硬直し、息が詰まる。
目の前にいるのは、人ではない。
圧倒的な”死”そのもの。
理性ではなく、本能が告げていた。
戦えば死ぬ、と。
ロザリウスは拳を震わせながら歯を食いしばる。
「……っ」
やがて錫杖を下ろした。
「覚えていろ」
ゼルキスは興味なさそうに手を振る。
「あ、うん」
ロザリウスは怒りを押し殺しながら踵を返す。
本来の任務、邪神の欠片を確保するために。
去り際、フィアナだけを振り返った。
「聖女様。続きは、また今度にしましょう」
そう言い残し、その場を去っていく。
ゼルキスはロザリウスを見送ることもなく、右手を軽く掲げた。
紫色の魔法陣が幾重にも展開される。
空間が歪む。
透明な壁が周囲を包み込んだ。
「結界……!」
テオドールが顔色を変える。
内側からも外側からも破れない。
誰も逃げられず、誰も割って入れない戦場。
ゼルキスは満足そうに頷く。
「これで邪魔は入らないねぇ」
そしてレオンを見る。
レオンは剣を構えようとするが、わずかに身体が揺れた。
邪神教徒との連戦による疲労は、まだ完全には抜けていない。
その様子を見て、ゼルキスはくすりと笑う。
「また万全じゃないの?」
ゼルキスは楽しげに肩をすくめる。
「まあいいや、それでも遊べそうだしねぇ」
赤い瞳が愉悦に歪む。
「さあ――」
「楽しませてよ、勇者くん」
結界の中、逃げ場のない戦場で、戦いの幕が静かに上がろうとしていた。




