第33話
第33話
その日は、公爵の言葉通り、リュクレール公爵邸に泊まることになった。
用意された部屋は広く、静かで、何不自由ないものだった。
だが――
眠れなかった。
目を閉じても、焼けた街が浮かぶ。
瓦礫。血。声。
消えない。
ルシアンはゆっくりと体を起こす。
音を立てずに部屋を出て、そのまま外へ向かった。
夜の庭園は静かだった。
整えられた草木、揺れる水面、規則的に並ぶ灯り。
あの場所とは、あまりにも違う。
しばらく、何もせず立っている。
ただ、夜気を感じながら。
「……やっぱり、ここにいた」
背後から声がした。
振り向かなくても分かる。
「クラリス」
足音が近づき、隣に並ぶ。
「眠れない?」
「……少し」
短い答え。
クラリスは空を見上げる。
「なんだか、懐かしいわね」
少しだけ、柔らかく笑う。
「お披露目会のときも、こうして外に出てたでしょう?」
ルシアンは何も言わない。
「その時も、こんな夜だった」
一拍。
「……いつかの夜と同じね」
静かな言葉だった。
だが、その意味は軽くない。
ルシアンは前を見たまま、小さく息を吐く。
「……違います」
ぽつりと零れる。
「今回は、何もできなかった」
その声は低い。
だが、抑えきれていない。
「全部、目の前で壊された」
拳が、わずかに握られる。
「守れなかった」
言葉が続く。
止める気もない。
「騎士団も、街も……」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
「……家族も」
夜の静寂に、その言葉だけが落ちる。
「力はあったはずなのに、届かなかった」
わずかに、声が荒くなる。
「あと少し、届けばって思ったのに」
視線は前のまま。
だが、その奥には明確な熱がある。
「全部、足りなかった」
初めてだった。
ここまで感情をそのまま出すのは。
クラリスは何も遮らない。
ただ、隣で聞いている。
そして、静かに口を開く。
「……それでも」
ルシアンは動かない。
「あなたは生きてる」
はっきりと言う。
「それだけで、十分よ」
ルシアンは何も言わない。
だが、否定もしない。
「本当に、心配したんだから」
少しだけ、声が揺れる。
「もう会えないかもしれないって思った」
一拍。
「だから……」
まっすぐに、ルシアンを見る。
「本当に、生きててくれてよかった」
その言葉は、飾りじゃない。
ただの本音だった。
ルシアンはわずかに視線を動かす。
クラリスの表情を見る。
言葉を探すように、少しだけ間が空く。
「……そうですか」
短く。
それだけ。
だが、さっきまでとは違う声だった。
ほんのわずかに、力が抜けている。
風が吹く。
庭園の木々が揺れる。
静かな夜だった。
あの夜と同じようで、違う夜だった。




