第32話
第32話
応接室に入ったリュクレール公爵は、静かに二人を見渡した。
その視線は鋭いが、どこか抑えられている。
「よく来たな」
アルベルトが一歩前に出る。
「この度は、お招きいただきありがとうございます」
「構わん。事情は聞いている」
一拍。
公爵の視線がルシアンへ向く。
「……まずは」
わずかに声が落ちる。
「生きていてよかった」
形式ではない言葉だった。
ルシアンは短く頷く。
「ありがとうございます」
それ以上は言わない。
公爵もまた踏み込まない。
だがすぐに本題へ入る。
「領地の件は残念だった」
はっきりと言う。
「……ヴェルグレイヴ伯爵夫妻も、か」
その問いに、わずかな沈黙が落ちる。
アルベルトは口を開きかけるが――
「……俺が見ています」
ルシアンが先に言った。
視線は逸らさない。
「屋敷は完全に崩壊していました。街に残っていた者の中に、生存者はいません」
感情は抑えられている。
だが、わずかに滲む。
公爵はそれ以上何も言わない。
確認はそれで十分だった。
「……そうか」
短く、重い一言。
室内の空気が一瞬だけ沈む。
だが公爵はすぐに切り替える。
「何があった」
鋭い問い。
今度は明確にルシアンへ向けられている。
ルシアンは一拍置き、口を開いた。
「スタンピードです」
淡々と。
「規模は異常でした。ゴブリン、ウルフ、オークが中心ですが、統制が取れていました」
公爵の目が細くなる。
「さらに、上位個体と――Sランクのオーガが出現しています」
クラリスの表情が強張る。
公爵は動じない。
「……Sランク」
「はい」
ルシアンは続ける。
「騎士団と共に迎撃しましたが、魔物の波を防ぎきれませんでした。街内部への侵入を許しています」
一瞬、言葉が止まる。
だが、そのまま続ける。
「そして」
わずかに空気が変わる。
「魔族の介入がありました」
その言葉で、空気が一段階重くなる。
公爵の視線が鋭くなる。
「魔族、だと」
「はい」
ルシアンは頷く。
「人型の個体です。空間を操作していました」
思い出すだけで、感覚が蘇る。
「……手も足も出ませんでした」
静かに言う。
だが、その奥にあるのは明確な感情。
「Sランクの魔物を一撃で消し飛ばし、そのまま――」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
「……遊ばれました」
その一言に、悔しさが滲む。
抑えているのに、消えていない。
「本気でやっても、届かない」
はっきりと言い切る。
公爵は沈黙する。
その情報の重さを測っている。
クラリスが小さく息を呑む。
「……ルシアン」
思わず声が漏れる。
心配が、そのまま表に出ている。
ルシアンはそちらを見ない。
ただ前を見たまま続ける。
「……見逃されました」
短く。
「理由は分かりません」
本当は分かっている。
だが、それは言わない。
公爵はその言葉を受け止める。
「……なるほどな」
静かに呟く。
そして、はっきりと言う。
「これは単なるスタンピードではない」
断定だった。
「裏で何かが動いている」
ルシアンは何も言わない。
すでに同じ結論に至っている。
公爵はゆっくりと息を吐く。
「この件は王にも伝わっている。近いうちに謁見の場が設けられる」
アルベルトが頷く。
「承知しました」
「お前たちの今後も含めて、だ」
その意味は重い。
領地の再興。
魔族の脅威。
すべてが絡んでくる。
クラリスが再びルシアンを見る。
「……本当に、大丈夫?」
今度ははっきりとした問い。
ルシアンは一瞬だけ目を向ける。
「大丈夫ですよ」
短い答え。
だが。
それ以上は言わせない。
公爵はそのやり取りを見て、小さく頷く。
「……今日は休め」
命令だった。
「王都に着いたばかりだ。体を整えろ」
「はい」
アルベルトが応じる。
ルシアンも頷く。
戦いは終わっていない。




