第333話
第333話
――時は少し遡る。
アーカディアから数十キロ離れた平原。
そこには異様な光景が広がっていた。
大地を埋め尽くすほどの魔物。その数は数千。いや、一万を超えているかもしれない。
さらに、その中心には一際巨大な魔物が鎮座していた。
全身を黒い外殻に覆われた巨獣。額には巨大な一つ目。その瞳は見た者全てを石へ変える呪いを宿している。
十七厄災、SSSランクの魔物。
――魔眼獣バロール。
その周囲には六体の異形。漆黒の身体を持ち、空間を歪ませる魔物。
空間魔法を操る魔物――ゲートレイス。
さらに、魔物たちを率いる魔族たちの姿もあった。
その中でも一際強い気配を放つ一人の魔族が腕を組んで立っている。
SS中位の実力を持つ魔族、ガルム。
そして、その少し後方でヴォイドが退屈そうにその光景を眺めていた。
「誰か来たね」
影から現れたルシアンを見る。
「ああ、勇者と一緒にいたアーカディアの学生か」
ルシアンは何も答えない。
ただ目の前の戦力を静かに見渡した。
(SSSランクが一体、SS中位の魔族が一人、その他の魔族も複数。ゲートレイスが六体、その他多数)
冷静に戦力を分析する。
ヴォイドは肩を竦めた。
「僕は帰りの仕事もあるからね。ここは任せるよ」
空間が歪み、その姿は一瞬で消えた。
残されたガルムが剣を抜く。
「全軍!進軍しろ!アーカディアを蹂躙せよ!」
咆哮。
魔物と魔族たちが一斉に駆け出した。
その瞬間、バロールの巨大な瞳が妖しく輝く。
石化の魔眼。
視線そのものが死をもたらす。
だが、ルシアンは既にその視界から消えていた。
影へ沈み、次の瞬間には別の位置へ、常人では目で追えない速度で移動する。
さらに、足元から闇が広がる。
濃密な影が霧のように立ち込め、バロールの視界を覆い隠した。
魔眼は視線を通して発動する。
ならば、見せなければいい。
闇の中で、ルシアンは自由に動く。
次の瞬間には魔物と魔族の群れの中央へ。
剣閃。
一振りで十数体の魔物が倒れ、近くにいた魔族の一人も斬り伏せられる。
さらに影が伸びる。
別方向でも魔物や魔族が次々と倒れていく。
ガルムが目を見開いた。
「何だあの速さは……!」
その声には明らかな動揺が混じっていた。
さらに次々と倒れていく魔族たち。
SS帯に届く実力者すら、一撃で斬り伏せられていく。
「馬鹿な……!この数、この戦力だぞ……!」
ガルムの額に汗が滲む。
理解が追いつかない。
目の前で起きている現象が、常識を逸脱していた。
「囲め!一斉に潰せ!」
叫びながらも、その声には焦りが滲む。
ゲートレイス六体が空間を歪ませる。無数の裂け目が現れ、その中から刃が飛び出す。
死角からの攻撃。
普通なら避けられない。
しかし、ルシアンは全てを見切る。
半歩、一歩。身体を僅かに動かすだけで攻撃をかわし続ける。
反撃。
放たれた斬撃が一体のゲートレイスを吹き飛ばした。
「なっ……!?」
ガルムの喉から、思わず声が漏れる。
それでも、残る五体が再び空間を歪ませる。
バロールも闇を払うように魔眼を放つが、濃密な影に阻まれ、狙いは定まらない。
さらに周囲の魔族たちも魔法や武技で攻撃を仕掛ける。
まさに総攻撃。
だが、それでもルシアンは止まらない。
魔物を斬り、魔族を斬り、倒す。そして吸収する。
そのたびに影がさらに濃くなっていく。
「あり得ん……!」
ガルムが叫ぶ。
その声はもはや怒号ではなく、恐怖に近いものだった。
「こんな……こんな化け物が……!」
歯を食いしばる。
だが、理解してしまう。
目の前の存在は、自分たちとは次元が違う。
「四天王……いや、それ以上だと……!?」
思わず漏れた言葉。
それはガルム自身の本音だった。
「止めろ!何としても止めろ!」
だが、止められない。
攻め込むどころか魔物と魔族の数だけが減っていく。
ルシアンは淡々と剣を振るい続けた。
その時だった。
遠くアーカディアの方向から黒煙が上がる。
さらに、鈍い爆発音が風に乗って届いた。
ルシアンは一瞬だけ視線を向ける。
「始まりましたか」
表情は変わらない。
だが剣を握る手に、ほんの僅かだけ力が入る。
「……少しペースを上げますか」
その一言と共に、ルシアンの姿が影へ溶けた。
次の瞬間、魔物と魔族たちの悲鳴が、一斉に響き渡った。




