第316話
第316話
準々決勝第二試合。
レティシアがディオンを破り、二人目の代表者が決定した。
そして。
「準々決勝第三試合!」
「ノエル対シャロン・ヴァレンハイト!」
二人が競技場へと姿を現す。
ノエルはいつもと変わらない様子で短剣を抜く。その周囲では、シルフィが楽しそうに飛び回っていた。
一方、ルナはノエルの肩に座り、静かにシャロンを見つめている。
もちろん、その姿が見えている者は多くない。
シャロンもまた、短剣を抜いた。
「よろしくお願いします」
「うん」
短い言葉を交わす。
以前の二人であれば。
この試合の結果を予想することは難しくなかっただろう。
シャロンの勝利。それもほとんど危なげなく。それほどまでに、二人の間には明確な実力差があった。
シャロンはレティシアの護衛として幼い頃から鍛えられている。
短剣を用いた近接戦闘。派手さはないが、攻撃、防御、判断力、その全てが高い水準で安定している。
対するノエルは速度に優れているものの、以前はそれだけだった。
だが今は違う。
「始め!」
試合開始、最初に動いたのはノエルだった。
一瞬その姿が消える。
「速い」
シャロンは即座に身体を反転させる。
背後にノエルの短剣が迫っていた。
シャロンは短剣で受け止める。
金属音。
そのままノエルを弾き返す。
だが、着地するよりも早く。
ノエルの身体を風が包んだ。
再加速。
「っ!」
今度は左、シャロンは身体を沈めて攻撃を躱し、短剣を振るう。
ノエルが後方へ跳ぶ。
その着地点で地面が隆起した。
「そこです」
岩の槍が突き出す。
ノエルは空中で身体を捻った。
風が吹き、空中で軌道を変え、岩槍を回避した。
そして、そのままシャロンへ向かって急降下する。
「なるほど」
シャロンが呟く。
以前より速い、それだけではない。動きの自由度が大きく変わっている。
以前のノエルは、速くても動きそのものは読めた。
地面を蹴り、加速し、攻撃する。
速さにさえ対応できれば、対処は可能だった。
しかし今は、風の精霊シルフィの力によって加速する瞬間も、方向を変える瞬間も、以前とは比べものにならないほど自由になっている。
だが。
「それだけではありませんね」
シャロンの周囲から闇が広がる。
視界を奪うように、黒い霧が競技場を覆い始めた。
ノエルが止まる。
その瞬間、シャロンの姿が闇へ溶けた。
「消えた?」
レオンが目を凝らす。
「闇魔法ですね」
フィアナが答える。
「気配までかなり薄くなっています」
黒い霧の中でノエルは静かに周囲を見渡す。
右、違う、後ろ。そこでもない。
その時、ルナが動いた。
ノエルの肩から飛び降りる。
小さな手を伸ばした。
闇が揺らぐ。
「……そこ」
ノエルが振り向く。
「っ!」
闇から現れたシャロンの短剣を受け止める。
金属音が響いた。
シャロンの目が僅かに見開かれる。
闇の中で、ノエルの周囲だけが、別の闇に包まれていた。
ルナによる援護だった。
「闇に隠れても、ルナには分かる」
ノエルが短剣を振るい、シャロンが後退する。
そこへ、シルフィが飛び込んだ。
風が吹き荒れ、黒い霧が一気に吹き飛ばされた。
「なるほど」
シャロンは小さく息を吐く。
「厄介ですね」
風にはシルフィ、闇にはルナ。
そして、その中心にはノエルがいる。
まるで以前とは違う。
「行くよ」
ノエルが言う。
シルフィが大きく頷き、ルナも静かに手を上げた。
次の瞬間、ノエルの姿が消えた。
シャロンが構える。
右を短剣を受け、左は身体を捻って躱す。背後は地面から岩壁を作る。
ノエルの攻撃が岩壁に阻まれた。
「捕まえました」
シャロンが振り向く。
だが、そこにノエルはいない。
「っ?」
闇によって、一瞬だけ視界が覆われた。
そして、風が吹く。
次の瞬間、ノエルはシャロンの懐へ入っていた。
「これで」
短剣が弾かれる。
シャロンの手から武器が離れ、地面へ突き刺さった。
そして、ノエルの短剣が首元で止まる。
「そこまで!」
審判の声が響いた。
「勝者、ノエル!」
歓声が上がる。
「……」
シャロンは自分の首元にある短剣を見つめた。
そして、ゆっくりとノエルを見る。
「私の負けですね」
「うん」
ノエルが短剣を下ろす。
シャロンは地面に落ちた自分の武器を拾う。
驚いていた。
ノエルが強くなっていることは知っていた。
合同遠征や日々の訓練。そして最近では、二体の精霊との契約。
以前のノエルではない。それは理解していたつもりだった。
それでも、心のどこかでは思っていた。
まだ自分の方が上だと。
だが今日、負けた。
「強くなりましたね」
シャロンが言う。
ノエルが少しだけ目を丸くする。
「急にどうしたの?」
「事実を言っただけです」
「そう。でも」
ノエルはシルフィとルナを見る。
「私一人だったら、まだ負けてたと思う」
「そうかもしれません」
シャロンは否定しなかった。
「ですが、精霊との契約もあなたが得た力です。今日、私はあなたに負けました。」
静かに、その事実を認める。
そして、観客席にいるレティシアへ視線を向けた。
自分はあの方の護衛だ。これから先、レティシアが歩む道は、決して安全なものではない。
王族として。
そして、調和神ハルモニアの加護を受ける者として。
多くの戦いに巻き込まれることになるだろう。
(もっと強くならなければ)
今日の敗北は悔しい。
だが立ち止まっている時間はない。
「次は負けません」
シャロンが言う。
ノエルも小さく笑う。
「私も負けるつもりはないけど」
「そうですか」
二人は競技場を後にする。
準々決勝第三試合、勝者ノエル。
三人目の代表者が決定した。
以前ならば届かなかった相手。
その背中を、ノエルは確かに追い越した。




