第312話
第312話
武闘大会前日。
いつものように専用訓練場では、ルシアンによるレオンの特訓が行われていた。
「剣先だけを見ないでください。相手の重心を見てください」
「おう!」
レオンが踏み込む。
だが。
「遅いです」
ルシアンは半歩身体をずらすだけで躱し、木剣でレオンの脇腹を軽く叩いた。
「くっ……!」
「今のなら避けられます。もう一度」
レオンが再び構え直した、その時だった。
「ルシアン君」
二人のもとへ一人の女性が歩いてくる。
守護者エイルだった。
「エイル様」
ルシアンが木剣を下ろす。
「ヒューギル様が呼んでいるわ」
「私をですか?」
「ええ、少し話があるそうよ」
ルシアンはレオンを見る。
「少し席を外します」
そしてエイルへ向き直る。
「申し訳ありませんが、その間レオンをお願いできますか」
「もちろん」
エイルは笑みを浮かべた。
「今日は私が相手をしてあげる」
「ありがとうございます」
ルシアンは一礼すると、そのままヒューギルのもとへ向かった。
◇ ◇ ◇
守護者の部屋。
「失礼します」
「来たか」
ヒューギルは椅子に腰掛けたままルシアンを迎えた。
「話というのは?」
「黒嶺山脈についてだ」
ルシアンの表情が少しだけ引き締まる。
「あの件ですか」
「ああ」
ヒューギルは静かに頷く。
「お前から山の異常について報告を受けた後、私も調査を進めた。カラスを飛ばし、何度も様子を探らせ、さらに調査隊も派遣した。しかし」
「成果はありませんでしたか」
「いや、正確には調査が進まなかった」
ヒューギルは机の上へ一枚の地図を広げる。
「異常な魔力の影響なのか。奥へ進もうとすると探知が乱れ、調査隊も途中で引き返さざるを得なかった。カラスも途中から消息が分からなくなる。原因は未だ不明だ」
ルシアンも静かに地図を見つめる。
「あの場所だけ、確かに異質でした。まるでドワーフの山岳地帯で見つけた封印の地のような……」
「だからこそだ」
ヒューギルはルシアンを見る。
「お前に調査を依頼したい。武闘大会期間中になるが構わん。お前なら、一人でも十分対応できるだろう」
ルシアンは少しだけ考えた。
そして。
「承知しました」
即答だった。
「私自身も気になっていた場所ですから、好都合ですね」
「頼んだぞ」
「はい」
◇ ◇ ◇
再び専用訓練場へ戻る。
そこでは。
「甘い!」
「うわっ!」
エイルの木剣がレオンの頭へ軽く落ちる。
「痛っ!」
「真正面からしか来ないなら、そりゃ避けられるわよ」
「ルシアン君とは違う戦い方も覚えなさい」
「はい……」
ちょうどその時、ルシアンが戻ってきた。
「お待たせしました」
「あ、おかえり」
レオンが汗を拭きながら近付く。
「ヒューギル様から何だったんだ?」
ルシアンは静かに答える。
「依頼です」
「依頼?」
「黒嶺山脈の調査を任されました」
「え?」
レオンが驚く。
「黒嶺山脈って、この前行ったところか?」
「はい。あの異常について、本格的に調べるそうです。そのため」
ルシアンは少し申し訳なさそうに笑う。
「今から移動を開始します」
「えっ、今から!?武闘大会は?」
「見られません」
レオンは目を丸くする。
「帰って来られる時期も分かりません」
「そんな……」
一瞬だけ残念そうな表情を浮かべる。
だが、すぐに笑った。
「分かった。ルシアンがいなくても」
拳を握る。
「俺は優勝してみせる」
ルシアンも穏やかに頷いた。
「期待しています。帰って来てからの報告を、楽しみにしています」
「任せろ」
レオンは力強く答える。
「絶対優勝する」
ルシアンは満足そうに微笑むと、二人へ一礼した。
「それでは、行ってきます」
そう言い残し、ルシアンは静かに訓練場を後にした。
武闘大会を目前に控えたアーカディア。
一方その頃、ルシアンは新たな任務のため、再び黒嶺山脈へと向かい始めていた。




