第308話
第308話
ルシアンは静かに剣を構えた。先ほどまでとは明らかに違う。
余計な力は一切入っていない自然体。
ただ剣を持ち、カインを見ているだけ。
「かかってきてください」
静かな声が響く。
それを聞いたカインの口元が大きく吊り上がった。
「いくぜぇ!」
地面が爆ぜる。
先ほどルシアンを吹き飛ばした時よりも、さらに速い。
一瞬で距離を詰め、凄まじい勢いで剣を振り抜く。
だが。
ギィンッ――!
ルシアンの剣が、カインの剣へ触れた。
真正面から受け止めたわけではない。
僅かに軌道を逸らし、力の流れを横へ逃がす。完璧な受け流し。
「なっ――」
カインの身体が前へ流れる。
ルシアンは受け流した勢いをそのまま利用し、身体を回転させた。
流れるような一閃。
剣の腹がカインの身体を捉える。
「ぐっ!」
カインが吹き飛ばされた。
「……何?」
グランヴェルが目を見開く。
アルトも僅かに眉を動かした。
カインは空中で体勢を整え、地面を滑りながら着地する。自分の身体を見る。
そして。
「……いいねぇ」
ゆっくりと顔を上げる。
そこには獰猛な笑みが浮かんでいた。
「想像以上だ。こんなに完璧に受け流されたことはねぇぜ」
カインは自分の剣を見つめる。
「まるで手応えを感じなかった」
ルシアンは静かに尋ねる。
「満足していただけたでしょうか」
「は?」
カインが心底不思議そうな顔をする。
「一回で満足するわけねぇだろうが!」
再び地面を蹴った。
「まだまだ行くぜぇ!」
剣が振るわれる。ルシアンは受け流す。再び振るわれる。今度は身体を僅かに逸らして回避する。
さらに次の一撃。ルシアンは剣を滑らせるように受け流し、そのままカインの脇腹へ一撃を返した。
「ぐっ……!」
カインが数歩後退する。
しかし、すぐに笑う。
「いい!」
再び踏み込む。
斬る。受け流される。返される。避ける。さらに攻める。
何度繰り返しても、カインの剣はルシアンを捉えられない。
それどころか、攻撃を仕掛けるたびに僅かな隙を突かれ、カウンターを受ける。
グランヴェルは黙ってその光景を見つめていた。以前、自分がルシアンと戦った時も同じだった。
攻撃が当たらない。それどころか、攻めれば攻めるほど自分が不利になっていく。
だが、今戦っているのはカインだ。
昨年の武闘大会準優勝者。
現在のSクラス一位。
そのカインを相手にしても、ルシアンの戦い方は変わらない。
「ならよぉ!」
カインが地面へ剣を突き立て、魔力が大地へ流れ込んだ。
次の瞬間、地面が隆起する。
幾つもの足場が不規則に形成された。
カインがその一つを蹴る。
方向転換。
さらに別の足場を蹴る。
右、左、上、背後。立体的な超高速機動。
昨年の武闘大会、アレスとの決勝戦で見せた戦い方。
だが。
「それは武闘大会で見ました」
ルシアンは淡々と言う。
背後から迫る一撃に対して、振り返ることなく身体をずらす。
続く横薙ぎを剣で逸らす。上空からの一撃を半歩下がるだけで避ける。
カインの速度はさらに上がっていく。
それでも届かない。
「……技術は」
アルトが思わず呟く。
「アレス先輩よりも上か……?」
昨年、カインの高速機動に対応したアレスは、その圧倒的な身体能力と反応速度でカインを上回った。
しかし、ルシアンは違う。
最小限の動き、剣の角度、足運び、重心移動。全てが異常なほど洗練されている。
カインが速くなれば、その速度に合わせる。
攻撃が重くなれば、その力を利用して流す。
「ははっ!」
カインが笑う。
「お前、最高だぜ!」
さらに加速する。
「グランヴェルも面白ぇが、お前も面白ぇ!」
高速機動を止める。
地面へ着地したカインは剣を構えた。
「これは――」
その身体から膨大な魔力が噴き上がる。
「とっておきを見せなきゃなぁ!」
空気が震え、大地が軋む。
グランヴェルが目を見開いた。
「凄まじい魔力……」
「……あの馬鹿」
アルトが動く。
この魔力は模擬戦で使うようなものではない。
「カイン!」
止めに入ろうとした、その時、カインが獰猛な笑みを浮かべる。
「行くぜぇ――」
「そこまでよ」
女性の声が響いた。
「……あ?」
カインが動きを止める。
いつの間にか、結界の中に一人の女性が立っていた。
エイルだった。
カインの周囲に集まっていた膨大な魔力が霧散していく。
「エイル様」
アルトが驚いたように目を見開く。
一方のカインは明らかに不満そうだった。
「エイル様ぁ、今いいとこなんすよぉ」
「あのねぇ、カイン君」
エイルは腰に手を当てる。
「何すか!」
まだ戦闘の興奮が冷めていないカインが勢いよく返す。
「君たちは戦いに夢中で分かってないと思うんだけど」
エイルは呆れたようにため息をついた。
「もう真夜中なの」
「えぇ!?」
カインが驚いて周囲を見る。
言われてみれば、空は完全に暗い。
「マジか……」
カインが呆然と呟く。
エイルは周囲を見渡した。
「結界の中が少し明るいのは、ルシアン君の魔法かしらね」
「そうですね」
ルシアンが頷く。
「暗いと不便かと思いまして」
「それにこの結界」
エイルは結界へ手を触れる。
「音を遮断してるでしょ」
「はい。あまりうるさいと迷惑かと思いまして」
「……外の音も入らないようにしてたでしょ」
「そうですね」
「何回か声をかけても反応がなかったんだけど」
「それは申し訳ありません」
「はぁ……」
エイルは大きくため息をついた。
「まあ、いいわ。とりあえず、もう夜も遅いから今日のところは終わりにしなさい」
カインは不満そうに剣を収める。
「盛り上がってきたとこだったんだけどなぁ」
しかし、すぐに気を取り直した。
「まあいいか」
そしてルシアンを見る。
「おい、ルシアン!」
「はい」
「また今度、続きやるぞ!」
「できれば遠慮願いたいです」
「遠慮すんな!」
「そういう意味ではありません」
カインは次にアルトとグランヴェルを見る。
「アルトもグランヴェルもやるぞ」
アルトはため息をつく。
「学園に帰ってからな」
「望むところだ」
グランヴェルは迷うことなく答えた。
「よし!」
カインは満足そうに笑う。
エイルはそんな三人を見ながら、再びため息をついた。
こうして、予定外に始まり、真夜中まで続いた模擬戦は、ようやく終わりを迎えた。




