第307話
第307話
ルシアンとカインが向かい合う。
先ほどまで戦っていたグランヴェルは、少し離れた場所に座りながら二人を見ていた。
アルトは二人が準備を終えたことを確認すると、静かに右手を上げた。
「始め」
その瞬間、カインが消えた。
否、一瞬で距離を詰めたのだ。
「おらぁ!」
振り下ろされる剣。
ルシアンは咄嗟に自らの剣を合わせる。
甲高い金属音が響き、ルシアンの身体が僅かに後退した。
続けて横薙ぎ。
「っっ!」
ルシアンは少し体勢を崩しながら受け流す。さらに返す刃を今度は紙一重で避けた。
カインの攻撃は速く、重い。
一撃受けるたびに、ルシアンは僅かに姿勢を崩している。それでも、なんとか凌いでいる。
傍から見れば、そう見えただろう。
数合、十数合、激しい剣戟が続く。
しかし突然、カインが大きく後ろへ跳んで、距離を取る。
ルシアンは剣を構えたまま首を傾げた。
「どうしましたか?」
カインは答えない。
じっとルシアンを見ている。
やがて。
「お前」
低い声が響く。
「手ぇ抜いてるだろ」
ルシアンの表情は変わらない。
「なんのことでしょうか」
「とぼけんな」
カインは剣を肩へ担ぐ。
「お前の姿勢、目線、力の入り具合。見てりゃ分かる」
ルシアンは黙っている。
「上手く誤魔化してるつもりだろうがなぁ」
カインの目が鋭くなる。
「俺のこと、舐めてんのか?」
獣のような戦闘勘。理屈ではない。積み重ねた経験と、生まれ持った感覚。
カインはルシアンの演技に混じる僅かな違和感を見抜いていた。
「気のせいでは?」
「おいおい」
カインが笑う。
「俺がこんだけ言ってんのに、まだ誤魔化すつもりかよ」
剣を構える。
「だったら――」
次の瞬間、カインの姿が消えた。先ほどまでとは比較にならない速度。
「――これならどうだ!」
強烈な一撃が振るわれる。
ルシアンは剣を合わせた。
だが。
「っ……!」
受け切れない。
ルシアンの身体が凄まじい勢いで吹き飛ばされる。そのまま背中から結界へ激突した。
結界が大きく揺れる。
「……」
ルシアンはすぐに体勢を立て直した。
カインが剣先を向ける。
「今のもそうだぜ」
「何がですか?」
「お前は上手く受けたつもりかもしれねぇが、おかしいんだよ」
カインは笑っていた。
「そもそも、今の俺の動きを目で追ってやがっただろ」
「……」
「そんで、ちょうど受け損なうところで剣を止めた」
ルシアンの目が僅かに細くなる。
「誤魔化してぇなら、もうちっと上手くやれよ」
カインは自分の目を指差す。
「それじゃ俺は騙せねぇ」
そして。
「ていうかよ。今の俺の攻撃を受けてる時点でおかしいんだよ」
剣を肩へ担ぐ。
「普通の奴だったら大怪我だ。下手すりゃ死んでるぜ」
ルシアンはしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐く。
「ここまで指摘されたのは初めてです」
「そりゃよかった」
カインは獰猛に笑う。
「じゃあ、さっさと本気を見せろ」
「嫌だと言ったら?」
「お前が本気を見せるまで付き纏ってやるぜ」
「……」
「どこまででもな」
ルシアンは無言でカインを見る。
その時、アルトが口を開いた。
「ルシアン、悪いことは言わん。そいつは本気だ」
ルシアンがアルトへ視線を向ける。
「初めてアレス先輩に負けた時も、こいつはひと月以上付き纏った」
「……ひと月以上ですか」
「ああ」
アルトは淡々と頷く。
「最終的にエイル様に怒られてやめたが、止められていなければ、おそらくずっと付き纏っていただろう」
カインは胸を張る。
「俺はしつこいぜぇ」
何故そこで誇らしげなのだろうか。
ルシアンは少し考える。
そして。
「カイン先輩が満足すればいいんですね?」
「おお!」
カインの表情が一気に明るくなる。
「そうだ!俺を満足させてくれれば、付き纏ったりしねぇ!」
「……分かりました」
ルシアンは静かに剣を下ろした。一度目を閉じる。
そして、再び目を開いた。
――空気が変わった。
「……!」
アルトの表情が僅かに強張る。
グランヴェルも思わず身を起こした。
先ほどまでとは違う。ルシアンは何もしていない。ただ立っているだけ。
それなのに、カインの身体が小刻みに震え始める。
「……は」
恐怖ではない。武者震い。目の前にいる相手が、自分の想像を超えている。
その事実を本能が理解していた。
カインの口元がゆっくりと吊り上がる。
ルシアンは剣を構えた。
「かかってきてください」
静かな声。
カインは剣を強く握り締める。
その顔に浮かんでいたのは、これまで以上に獰猛な笑みだった。
「いくぜぇ!」
地面が爆ぜた。




