第306話
第306話
「動かないでください」
ルシアンは地面に座り込んだグランヴェルの前にしゃがみ込む。
「この程度、問題ない」
「そういう台詞は立てる状態で言ってください」
「……」
ルシアンが手をかざす。
淡い光がグランヴェルの身体を包み、先ほどの戦闘で負った傷を少しずつ癒していく。
グランヴェルは悔しそうにカインを睨んでいた。
一方、そのカインはというと。
「……」
まだ物足りなさそうに剣を肩へ担いでいた。
確かにグランヴェルは強かった。
昨年戦った時とは比べ物にならないほどに。
黄金の炎も面白かった。
だが、まだ足りない。
カインの視線が動く。
そして、ある人物で止まった。
「アルト」
「断る」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「どうせ、いつものようにやろうと言うつもりだろう」
カインは笑う。
「分かってんじゃねぇか。久しぶりにやろうぜ」
アルトは呆れたようにため息をついた。
「馬鹿を言うな。今、俺たちが戦うことはできん。始まってしまえば、俺もお前も加減できんからな。それに、ここにはベルもいない」
「……まあ、それもそうか」
カインは意外にもあっさり引き下がった。
その会話を聞いていたルシアンが首を傾げる。
「あの、ベルさんというのは?」
アルトが答える。
「俺たちの幼馴染だ」
続いてカインが笑いながら口を開く。
「俺たちがやり合った後は、いつもあいつが治してくれるんだよ」
「いつも怪我をするから、俺たち二人だけで戦うことは禁止されている」
アルトが淡々と付け加える。
カインは頭を掻いた。
「あいつには頭が上がんねぇからなぁ」
「珍しいな」
グランヴェルが少し驚いたように言う。
「貴様にも頭が上がらない相手がいるのか」
「そりゃいるだろ」
カインは当然のように答えた。
「ベルを怒らせると面倒だからな」
「お前が言うことを聞かないからだ」
アルトの冷静な指摘に、カインは聞こえなかったふりをする。
しかし、やはり物足りない。
その視線が再びグランヴェルへ向いた。
すると。
「ならば、もう一度だ」
治療を受けていたグランヴェルが立ち上がろうとする。
「待ってください」
ルシアンが肩を押さえて止める。
「まだ治療中ですよ」
「構わん」
「構います」
カインも呆れたようにグランヴェルを見る。
「何言ってんだ、お前まともに動けねぇだろ」
「まだ戦える」
「それじゃつまんねぇよ」
カインは即答した。
「いつでも受けてやる。だから、ちゃんと動けるようになってからにしろ」
「……くっ」
グランヴェルは悔しそうに拳を握る。
カインはそんなグランヴェルを見て笑った。
「次はもっと強くなって来い。そうすりゃ、もっと楽しめる」
「……言われるまでもない」
グランヴェルは低く答えた。
カインは再び周囲を見渡す。
「他に誰かいねぇのか」
アルトは呆れたように言う。
「諦めろ」
「嫌だ」
「子供か、お前は」
「せっかく身体が温まったんだぞ」
その時、カインの視線が一人の人物で止まった。
「……」
ルシアンは嫌な予感がした。
「そうだ」
カインが笑う。
「じゃあ、お前だ」
指を差す。
「ええと……ルシアンだったか?」
ルシアンは自分を指差した。
「私がですか?」
「そうだ」
カインは獰猛な笑みを浮かべる。
「前に見た時から気になってたんだ。お前、強ぇだろ」
周囲が静かになる。
カインは楽しそうに続けた。
「俺の勘が言ってる」
ルシアンは困ったように笑った。
「買い被りではありませんか?」
「いや」
即答だった。
「俺はこういう勘を外さねぇ」
ルシアンは小さく息を吐く。正直に言えば、戦いたくないし、戦う理由もない。
カインほどの実力者を相手に、どこまで力を見せるべきか調整するのも面倒だった。
「断ることはできませんか?」
カインは笑う。
「断られたら、問答無用で暴れ出すぜ」
「それは困りますね」
「だろ?」
ルシアンはしばらくカインを見つめる。
どうやら冗談ではないらしい。
「……分かりました」
仕方なく立ち上がる。
「少しだけですよ」
その瞬間、カインの笑みがさらに深くなった。
「それでいい」
先ほどまでとは違う空気を感じ取ったアルトが、静かに二人を見つめる。
こうして、予定にはなかった二戦目が始まろうとしていた。




