第302話
第302話
静寂が流れる。
先に口を開いたのはイリシアだった。
「あなたは……」
蒼い瞳がルシアンを見据える。
「前に見たことがありますね。アーカディアの学生ですか」
ルシアンは小さく頷いた。
「ええ、そういうあなたは、魔王軍四天王のイリシアですよね」
「ええ、そうですが」
イリシアは警戒を解かない。
「それより、アーカディアの学生が、こんな場所で何をしているのでしょうか」
(こんなところで四天王と遭遇するとは……。少し面倒ですね)
ルシアンは内心でそう思いながらも、表情一つ変えなかった。
その様子を見て、イリシアは違和感を覚える。
(……おかしい)
目の前にいるのは学生。しかも、一人。対して自分は魔王軍四天王。
普通なら警戒し、恐怖するはず。だが、この青年からはそれが一切感じられない。
妙に落ち着いている。
まるで。
(自分が負けることはないとでも思っているような……)
それでいて戦意も感じられず、敵意もない。ただ自然体でそこに立っている。
(……奇妙な人間。だが、言葉は通じ、対話も成立している。この人間には何かある)
イリシアは一瞬だけ思考を巡らせ、結論を出す。
(今は、殺す必要はない)
「あなた」
イリシアは静かに言う。
「少し、おかしいですね」
ルシアンは肩をすくめた。
「そうですか?」
「ええ、四天王である私を前にして、その態度。普通ではありません」
ルシアンは苦笑する。
「崩落に巻き込まれたものですから。魔族による攻撃で仲間と離れ離れになってしまいました」
「なるほど」
イリシアはすぐに察した。
「ヴォイドの仕業ですか」
短いやり取り。
ルシアンはそこで逆に問い掛けた。
「では、こちらから一つ。なぜ、あなた方魔族がここにいるのですか」
イリシアは少し考える。
隠すような話ではない。
それに、守護者なら既に察している可能性が高い。
「別に秘密でもありません。私たちは現在、SSSランクの魔物を仲間へ引き入れられないか交渉しています」
ルシアンの表情は変わらない。
「SSSランクですか」
「ええ、この山には氷牙獣スカルディがいます。今回は彼の勧誘に来ました」
「結果はどうだったのですか」
「悪くありません」
イリシアは短く答える。
「まだ返事は保留ですが、以前より話は前へ進みました」
ルシアンは静かに頷く。
「そうですか」
「あなたは驚かないのですね」
イリシアが少し不思議そうに尋ねる。
「魔族がSSSランクを味方に引き入れようとしていることを知れば、人間はもっと焦ると思っていました」
「私一人が焦っても、状況は変わりませんから」
その答えにイリシアは小さく目を細めた。
「……冷静ですね。あなたとは対話が成立するので、少し話しすぎてしまいました」
そう言って踵を返す。
「では私はこれで」
ルシアンも深追いするつもりはなかった。
「ええ、私も戻ります。」
イリシアが足を止めた。
「そういえば、名前を聞いていませんでした」
ルシアンも立ち止まる。
「ルシアンです」
「そうですか」
「では、またどこかで」
ルシアンはそのまま歩き去っていく。
一人残されたイリシアは、その背中を静かに見つめていた。
「……ルシアン」
その名を小さく繰り返す。
やがて何かを思い出したように呟いた。
「そういえば、ゼルキスが最近、その名前を挙げていましたね」
蒼い瞳が細められる。
「なるほど、少しだけ興味が湧きました」




