第301話
第301話
崩落が起き、大量の岩石と土砂が轟音を立てながら谷底へ落ちていく。
その中を、ルシアンもまた落下していた。
「さて」
焦る様子はない。
ルシアンは周囲を見渡しながら静かに呟く。
「戻ろうと思えばすぐ戻れますが……」
この程度の高さなら魔法で飛べばどうにでもなる。
しかし。
「少し、気になることがありますね」
崩落が始まる直前から感じていた違和感。山全体を覆う異様に濃い魔力。ただの魔物の活発化だけでは説明がつかない。
「少しだけ調べてみましょうか」
そう決めた。
やがて谷底が見えてくる。
ルシアンは魔力を足元へ集中させ、そのまま静かに着地した。砂煙がわずかに舞うだけで衝撃はほとんどない。
立ち上がったルシアンは周囲へ探知魔法を広げた。
「……やはり」
魔力が濃すぎる。空気そのものへ魔力が溶け込んでいるようだった。
普段なら数キロ先まで探知できる魔法も、思うように機能しない。
「探知しづらいですね」
それでも慎重に範囲を広げていく。
「……見つけました」
微かにレオンの反応を捉える。
まだ生きている。
戦闘には入っていないようだが、周囲には複数の魔物の気配があった。
「ひとまず先に手を打っておきましょう」
ルシアンは自らの影へ手を伸ばす。
「《ノクシェル》」
影が揺らぎ、一人の分身体が姿を現した。
「レオンの護衛をお願いします」
分身体は無言で頷くと、そのまま影へ沈んだ。地面を伝うように移動し、レオンのもとへ向かっていく。
――その頃。
レオンは周囲を警戒しながら歩いていた。
「……妙だな」
魔物の気配はある。
だが、どこか落ち着かない。
その時だった。
「……?」
ふと、背後から視線を感じた気がした。
振り返るが、そこには何もいない。
「気のせいか……?」
首を傾げながらも、再び前へと向き直る。
その足元の影が、わずかに揺らいだことには気付かなかった。
――再びルシアン。
「これで安全はある程度確保できます」
ルシアンは踵を返した。向かう先はさらに奥。歩けば歩くほど魔力は濃くなっていく。
「この感じ……」
どこか覚えがあった。
そして思い出す。
「ドワーフの山岳地帯にあった封印の場所と似ていますね」
あの時も周囲には濃密な魔力が漂っていた。
力を失いかけた神々が封じられていた場所でもある。
「ここにも何かあるのでしょうか」
さらに奥へ。
岩肌だけだった景色が徐々に氷へ覆われ始める。
気温も一気に下がっていた。
その時だった。
「――」
気配を感じ、ルシアンは足を止める。
探知は続けていたが魔力が濃すぎて、すぐ近くまで気付けなかったのだ。
曲がり角の向こうから、一人の女性がゆっくりと姿を現す。
長い蒼髪、透き通るような白い肌、そして氷のように冷たい蒼い瞳。
その身に纏う魔力は、これまで出会った魔族たちとは一線を画していた。
ルシアンは静かにその姿を見つめる。
(この魔力……。間違いありませんね。)
現れたのは――
魔王軍四天王、イリシアだった。




