第299話
第299話
レオンは肩で荒く息をしていた。
「はぁ……はぁっ……!」
剣を握る手は震え、全身には無数の傷が刻まれている。
腕からは血が滴り、足取りも重い。
それでも目の前には、なお魔物が立ちはだかっていた。
レオンは歯を食いしばる。
「まだ……!」
剣を振るう。一体、また一体。
だが、その度に新たな傷が増えていく。魔力も底が見え始めていた。
(まずい……。このままじゃ……。)
魔物の爪が目前まで迫る。
避けきれない。
そう思った瞬間だった。
眩い光が辺りを包み込む。
「……え?」
レオンは思わず目を見開いた。
ルーチェだった。
小さな身体が光に包まれ、その魔力が急速に膨れ上がっていく。羽が大きく広がり、姿も少しだけ成長する。
そして、透き通るような幼い声が響いた。
「レオン……!」
カタコトではあるが、確かに言葉だった。
「タスケル!」
ヴォイドの表情が初めて変わる。
「……中位精霊だと?この戦いの最中に成長したというのか。」
ルーチェは両手を前へ向ける。
光が集まり、幾つもの光弾となって魔物へ降り注いだ。
轟音。
魔物が次々と吹き飛ぶ。
「ルーチェ!」
レオンも立ち上がる。身体へ力が戻ってくるような感覚。ルーチェとの繋がりが、これまで以上に強くなっていた。
「行くぞ!」
「ウン!」
火炎が奔り、光が閃く。
未来視で魔物の動きを読み切り、剣で斬り伏せる。ルーチェの援護魔法が隙を生み出し、その隙をレオンが逃さない。
最後の一体。
「終わりだ!」
一閃。
魔物はゆっくりと崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
「はぁ……はぁ……。」
レオンはその場へ膝をつく。
もう立っているだけでも精一杯だった。
魔力も体力も、ほとんど残っていない。
ヴォイドは静かに拍手を送る。
「流石は勇者、敵ながら見事だ。あの数の魔物を全て倒し切るとは」
ゆっくりと歩み寄る。
「だが、ここまでだ」
レオンは震える足で立ち上がり、剣を握り直した。
分かっている。
目の前の魔族は強い。
おそらく万全の状態だったとしても、勝てるかどうか分からない相手。
それでも。
(諦めるわけにはいかない)
その瞳から闘志は消えていなかった。
ヴォイドは一瞬だけ足を止める。
(……この状況で、その目をするか)
思わず息を呑む。
だが、その迷いも一瞬だった。
「終わりだ、勇者」
空間が裂ける。
鋭い斬撃がレオンへ襲いかかった。
その瞬間。
ギィンッ!!
激しい金属音が響く。
一振りの剣が、その一撃を受け止めていた。
「……間に合ったか」
ギデオンだった。
鋭い眼光でヴォイドを睨みつけながら、レオンへ声を掛ける。
「レオン、動けるか」
レオンは息を切らしながら頷く。
「……なんとか」
「そうか」
それだけ確認すると、ギデオンは再び剣を構えた。
ヴォイドは静かに二人を見比べる。
(勇者は満身創痍。教員はSS下位程度。ここで押し切れなくもないが……)
僅かに目を細める。
そして戦闘態勢を解いた。
「……ここは引くとしよう。勇者の実力も十分に把握できた。」
空間魔法陣が展開される。
ヴォイドの姿はゆっくりと歪み始めた。
「また会おう」
その言葉を最後に、ヴォイドは虚空へ溶けるように姿を消した。
静寂が戻る。
レオンは張り詰めていた糸が切れたように、その場へ座り込んだ。
ギデオンはそんなレオンを見下ろし、小さく息を吐いた。
「……よく、生き延びた」
その一言には、普段の厳しさとは違う、わずかな労いが込められていた。




