第28話
第28話
意識が現実へと引き戻される。先ほどまでの重く澄んだ感覚は消え、焼けた匂いと崩壊した街の現実が戻ってきた。ルシアンはゆっくりと目を開く。視界に入るのは瓦礫と焦げた地面、そして――
「……ルシアン?」
聞き慣れた声。振り向くと、そこにいたのはアルベルトだった。鎧は土と血に汚れているが、その目は確かにルシアンを捉えている。
一瞬、言葉が出ない。
アルベルトはルシアンの無事を確かめるように視線を動かし、小さく息を吐いた。
「……生きていたか」
その一言に込められたものは重い。ルシアンは何も言わず、わずかに頷く。それだけで十分だった。
アルベルトは一歩近づき、何かを言いかけて止まる。視線が周囲へ向く。崩壊した屋敷、焼けた地面、何も残っていない光景。それを見て理解するが、何も言わない。
わずかに、拳が強く握られる。
だがすぐに力を抜き、表情を戻した。
「……戻るぞ。まだ生存者がいるかもしれない」
「……はい」
それ以上の会話はなかった。
街の中を歩く。壊れた建物、倒れた人々。かつて日常だった場所は、もう原形を留めていない。隣街から来た兵士たちが各所で捜索を行っている。
「こちらは反応なし!」「こっちもだ!」
声が飛び交うが、その数は少ない。見つかるのは動かない者ばかりだった。
アルベルトは足を止めない。視線は常に前を向き、状況を確認し続けている。感情を押し殺すようにではなく、最初からそこに置いてきたかのように。
ただ一つだけ。
ルシアンの歩調に、僅かに合わせている。
それだけで、十分だった。
やがて屋敷跡へ戻る。すでに何度も見た場所。だがさきほどとは違う。足元の瓦礫の一部が、わずかにずれている。
(……戻っている)
先ほど開いたはずの“道”は完全に消えていた。何もなかったかのように。ルシアンはそれを一瞥するが、何も言わない。視線を逸らす。
アルベルトは気づいていない。
当然だ。
「……ここは後で整理が必要だな」
アルベルトが静かに言う。
「一度、体制を立て直す。ここだけじゃない……領地全体だ」
言葉に迷いはない。決断はすでに終わっている。
「王都に戻る。報告と支援の要請が必要だ」
その判断の速さが、逆に全てを物語っていた。
間に合わなかったこと。
守れなかったこと。
それを口にすることはない。
だが、その先の責任だけは、確実に引き受けている。
ルシアンは頷く。
「……分かりました」
「お前も来い。一人にするつもりはない」
短い言葉だったが、拒否の余地はなかった。
守る。
それだけが、今のアルベルトの全てだった。
風が吹く。焼けた匂いを運びながら。ルシアンは空を見上げる。変わらない空。何も知らないように、ただそこにある。
(やることは決まっている)
思考は静かだった。怒りも悲しみも表に出ない。ただ奥に残っている。消えないまま。
(まずは――王都)
視線を落とし、前を向く。
アルベルトと並んで歩き出す。
崩壊した街を背に、次の場所へ向かうために。




