第270話
第270話
ルシアンが扉を開ける。
部屋の中は相変わらず薄暗かった。
本棚が並び、机の上には大量の資料が積まれている。
窓際には二羽の黒いカラス。
そして。
「来たか」
老人の声が響く。
守護者の長、ヒューギル。
その隣にはエイルも座っていた。
「ルシアン君」
エイルが軽く手を上げる。
「どうも」
ルシアンは二人へ一礼した。
そして空いている椅子へ腰掛ける。
「それで、今回は何でしょうか」
ヒューギルは少しだけ目を細めた。
「単刀直入に言おう。面倒事だ」
予想通りだった。
ルシアンは特に驚かない。むしろ予想通り過ぎて納得した。
ヒューギルは机の上の世界地図を広げる。
アーカディア、聖国リュミエル、バルセリオン王国、レグナス帝国、そして西方の魔族領。
「最近の魔物の活発化は知っているな」
「はい」
合同遠征でも話に出ていた。
魔物の活動は年々激しくなっている。
それに伴い魔族も動いている。
ヒューギルは頷いた。
「問題はそこから先だ」
カラスが一羽飛び立つ。
地図の西方を嘴でつついた。
「我々は各地へカラスを飛ばして情報を集めている。その結果、しばらく確認されていなかった存在が動き始めていることが判明した」
エイルが表情を引き締める。
ルシアンも黙って続きを待つ。
「十七厄災」
ヒューギルがその名を告げた。
部屋の空気が少し重くなる。
十七厄災。
世界に存在する最悪の魔物たち。
数は十七、どれも単独で国を滅ぼし得る存在。最低でもSSSランクの災害そのものと呼ばれる怪物たちだ。
「十七厄災ですか」
ルシアンが呟く。
流石に無視できない話だった。
「確認されたのは一体」
ヒューギルが地図を指差す。
北西の魔族領。
「地裂獣ベヒモス」
その名前を聞いてエイルが顔をしかめる。
「最悪ですね」
「俺もそう思う」
ヒューギルも同意した。
地裂獣ベヒモス、十七厄災の一角。
巨大な獣型の魔物。
通った場所の地形を変え、山を砕き、大地を割る。まさに歩く災害。
「確認されたのは二週間ほど前だ」
ヒューギルが言う。
「当初は縄張りを移動しているだけかと思われた。だが違った」
地図の上をカラスが移動する。
北西から南東へ。
「進路が一直線だ。魔族領を抜け、人類領域へ向かっている」
ルシアンの視線も地図へ向く。
進路を追う。
そして、自然と結論へ辿り着く。
「アーカディアか、あるいは聖国リュミエル」
ヒューギルが頷いた。
「その通りだ」
部屋が静かになる。
エイルも腕を組んだまま地図を見ていた。
「予測では?」
ルシアンが尋ねる。
ヒューギルは即答した。
「このまま進み続ければ一ヶ月以内で、アーカディアか聖国リュミエルに到達する」
かなり近い。
決して楽観視できる距離ではない。
もし聖国へ突っ込めば大被害が出る。
アーカディアへ来ても同様だ。
いや、どこへ向かおうが問題だった。
地裂獣ベヒモスはそういう存在である。
「討伐隊は?」
ルシアンが聞く。
ヒューギルは首を振った。
「現実的ではない。今の人類側で確実に止められる者はほとんどいない」
エイルが苦々しく言う。
「下手に戦えば被害だけが増えるわ」
それほどの存在。だからこそ十七厄災、だからこそSSSランク。
ヒューギルはルシアンを見る。
老人の目は真剣だった。
「そこでだ。お前に頼みたいことがある」
その言葉に、ルシアンは小さくため息を吐いた。
やはり面倒事だった。




