第267話
第267話
ヴァルクに案内された先は、校舎の一角にある空き教室だった。
扉を開けると、窓際に一人の青年が立っている。
グランヴェル・レグナス。
一年最強、武闘大会優勝者。
そして帝国の第三皇子。
「来たか」
グランヴェルは振り返った。
その表情は普段と変わらない。
少なくとも周囲にはそう見えるだろう。
だがルシアンには分かった。
迷っている。
ほんの少しだが。
「ご用件は何でしょう」
ルシアンが尋ねる。
グランヴェルは少し黙った。
そして。
「お前はどう思った」
「何についてですか」
「合同遠征だ」
ルシアンは少し考える。
「大きな被害が出ました」
「そうではない」
グランヴェルは首を振った。
「ドラクスだ」
その名前が出た瞬間。
空気が少し重くなった。
しばらく沈黙が続く。
やがてグランヴェルが口を開いた。
「私は本気だった」
低い声だった。
「全力で斬りかかった」
拳を握る。
「だが傷一つ付けられなかった」
あの時の光景が蘇る。
全力の一撃。
それを受け止められた。
そして、剣が折られた。
「武闘大会で優勝した。私は強いと思っていた。実際、一年の中では強かったのだろう」
自嘲気味に笑う。
「だが現実は違った。奴らは遥か先にいた」
ルシアンは黙って聞いていた。
グランヴェルは続ける。
「私は思い上がっていたのかもしれん」
その言葉は重かった。
グランヴェルは自信家だ。
だが根拠のない自信ではない。
努力し、結果も出した。
だからこその自信だった。
しかし、ドラクスはそれを打ち砕いた。
まるで子供を相手にするように。
「……なるほど」
ルシアンは静かに頷く。
「それで私を呼んだのですか」
「お前なら何か言うと思った」
グランヴェルが言う。
「お前は妙に冷静だからな」
ルシアンは少し考える。
そして。
「当然です」
そう言った。
グランヴェルが眉をひそめる。
「何?」
「当然です」
ルシアンは繰り返した。
「あなたが傷一つ付けられなかったことも、剣を折られたことも、当然です」
グランヴェルの表情が険しくなる。
だがルシアンは構わず続けた。
「相手は魔王軍四天王のドラクスです。普通一年生が届く相手ではありません。あなたが弱いのではなく、相手が強すぎるだけです」
グランヴェルは黙る。
その言葉は理解している。
頭では、だが感情が納得できない。
「納得できませんか」
「……ああ」
グランヴェルは苦笑した。
「私は負けず嫌いだからな」
その返答にルシアンも少しだけ笑う。
「知っています」
再び沈黙。
窓から風が吹き込んだ。
しばらくして、ルシアンが言う。
「ですが」
グランヴェルが顔を上げる。
「私はあなたが限界だったとは思いません」
「何?」
「あなたはもっと強くなれます」
断言だった。
迷いがない。
「火力が足りないと思っていますね」
「……違うのか?」
「足りません」
ルシアンは即答した。
「ですが、それは才能の限界ではありません。まだ伸びます」
グランヴェルが目を細める。
「何故そう言い切れる」
「見ていればわかります」
ルシアンは平然と答えた。
「あなたの剣は完成していません。まだ成長途中です。なら伸びる」
あまりにも単純な理屈だった。
だが、何故か説得力があった。
「……お前は時々変なことを言うな」
「よく言われます」
ルシアンは肩を竦めた。
そして立ち上がる。
「行きましょう」
「どこへだ」
「訓練場です」
ルシアンは当然のように言った。
「言葉だけでは納得できないのでしょう?」
グランヴェルは一瞬呆れた顔をした。
そして、少しだけ笑った。
合同遠征以来、初めてだった。
「そうかもしれんな、なら付き合え」
「もちろんです」
こうして二人は教室を後にした。
向かう先は訓練場。
言葉ではなく、剣で語るために。




