第253話
第253話
ダンジョン実習初日。
勇者パーティは早朝から準備を整え、宿を出た。
装備、食料、回復薬の最終確認を行う。
今回の実習にあたって、全パーティには学園から特別な装備が貸与されていた。
空間拡張付きの収納バッグである。
見た目は普通の革製の鞄。
しかし内部には空間魔法が組み込まれており、見た目からは想像もできないほど大量の荷物を収納できる。
貴重な魔道具であり、本来なら高位冒険者や貴族しか手にできない代物だ。
ダンジョン実習では採取した素材や魔物の討伐部位も持ち帰る必要があるため、学園側が用意していた。
今回の方針は既に決まっていた。
初日は様子見。
無理に先へ進まず、五階層まで探索して地上へ戻る。
深淵樹海の環境を把握することが最優先だった。
やがて一行はダンジョン入口へ到着する。
洞窟状の入口を抜けると、その先には巨大な森が広がっていた。
「……本当に森なんだな」
ガイウスが思わず呟く。
視界いっぱいに広がる巨木、頭上を覆い隠す枝葉と湿った空気。そして漂う濃密な魔力。
普通の森ではない。誰が見てもそう思う光景だった。
「変な感じがする」
ノエルが周囲を見渡す。
「森なのに森じゃないみたい」
エルフである彼女だからこそ感じる違和感だった。
風の流れ、木々の配置、生き物の気配。
何もかもが微妙に噛み合っていない。
ルシアンも周囲を観察する。
魔力濃度は高い。
おそらく普通の森の数倍。
植物そのものが魔力を帯びているようにも感じた。
「まあ、進みながら確認しましょう」
ルシアンの言葉に全員が頷く。
探索開始から三十分ほど。
最初の魔物が姿を現した。
木々の間から飛び出してきたのは三体の狼型魔物。
全身を緑色の毛で覆われた魔狼だ。
「ウッドウルフですね」
テオドールが即座に判断する。
「Cランクだな」
「よし、行くぞ!」
真っ先に飛び出したのはレオンだった。
以前の彼なら勢い任せだったかもしれない。
だが今は違う。
無駄なく距離を詰める。
最も近かった一体へ剣を振るう。
ウッドウルフは飛び退こうとするが遅い。
一閃。
首元を切り裂かれ、そのまま地面へ倒れた。
残る二体が左右から襲い掛かる。
だが。
「甘い」
ノエルが短剣を投げる。
一体の目へ直撃。
怯んだ隙にガイウスが前へ出る。
「おらっ!」
盾で思い切り殴り飛ばした。
吹き飛んだ個体へテオドールの雷魔法が命中する。
最後の一体はフィアナの光弾で仕留められた。
戦闘終了。
時間にして一分もかからない。
「……楽勝だったな」
ガイウスが笑う。
試験官のグレイは何も言わない。
ただ静かに様子を見ている。
「以前ならもう少し時間がかかっていましたね」
フィアナが言う。
合同遠征での四天王との遭遇。
あの経験は確実に彼らを成長させていた。
レオンも頷く。
「まだまだだけどな」
脳裏に浮かぶのはドラクスの姿。
自分の全力でようやくかすり傷。
あの圧倒的な差を知ってしまった今、Cランク程度では何も感じない。
ノエルは周囲を見渡しながら言う。
「この辺の森はもうだいたいわかった」
「え?」
ガイウスが驚く。
「もう?」
「森を見るのは得意だから」
ノエルは当然のように言った。
「少なくとも一〜五階層くらいなら迷わないと思う」
エルフとして森で育った経験。
その知識は深淵樹海でも十分通用しそうだった。
「それは助かりますね」
ルシアンが頷く。
探索の要。
それは戦闘力だけではない。
深淵樹海のような広大なダンジョンでは、道を見失わないことそのものが大きな武器になる。
「じゃあ先へ進もう」
レオンを先頭に、一行は再び森の奥へ足を踏み入れた。
深淵樹海、その全貌はまだ誰も知らない。




