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果てなき世界  作者: 影川明空人
第4.5章 学園1年目 束の間の
222/279

第221話

第221話


 王都を出て数日。


 ルシアンはヴェルグレイヴ伯爵領へ辿り着いていた。


 広がる景色を見ながら、ルシアンは静かに目を細める。


(……随分戻りましたね)


 かつて、ここは壊滅していた。


 ゼルキスによって街も、人も、生活も、何もかも壊された。


 焼け落ちた建物、崩れた城壁、血と煙の臭いは、今でも鮮明に覚えている。


 だが今、目の前に広がっているのは違った。


 人々の声、行き交う荷馬車、再建された建物。


 完全ではない、それでも確かに、この領地は生き返りつつあった。


 ルシアンの表情がほんの少しだけ柔らかくなる。


(兄様は、本当によくやっていますね)



 しばらくして、ヴェルグレイヴ伯爵邸。


 かつて半壊していた屋敷も、今ではかなり修復されている。


 使用人たちも以前より増えていた。


 屋敷へ入ると、すぐに一人の青年が現れる。


 整った顔立ち、優しげな目。そして、どこか疲れの見える雰囲気。


 アルベルト・ヴェルグレイヴ。


 ルシアンの兄だった。


 アルベルトが柔らかく笑う。


「久しぶりだなルシアン」


「久しぶりです。兄様も元気そうですね」


「はは。どうだろうな」


 苦笑。


 だが、その顔色は以前よりずっと良かった。


 少なくとも、領地が壊滅していた頃のような悲壮感はない。


 二人はそのまま応接室へ向かった。



「学園はどうだ?」


 アルベルトが紅茶を飲みながら聞く。


「噂通り化け物ばかりですよ」


「お前がそう言うなら相当なんだろうな……」


 アルベルトが苦笑する。


 ルシアンは武闘大会の話を軽くした。


 勇者レオン、アレス、カイン、アルト。


 上位勢の強さ。


 アルベルトは感心したように頷く。


「世界は広いな」


「ええ」


「だからこそ、兄様のような人が必要なんですよ」


「俺みたいなのがか?」


「領地を立て直すというのは、簡単なことではありません」


 ルシアンは静かに周囲を見る。


 復興した屋敷、活気を取り戻した領地。それが全て答えだった。


 アルベルトは少し照れ臭そうに笑った。


「まあ、周りに助けられてばっかりだけどな」


「それも才能ですよ」


 その言葉に、アルベルトは少し驚いたような顔をする。


 だが、すぐに小さく笑った。



 その後も二人は長く話した。


 伯爵領の復興、王国の情勢、人手不足、最近増えている魔物被害。


 アルベルトは領主として確実に成長していた。


 ルシアンが静かに口を開く。


「あまり長居はできませんが、こちらにいる間は手伝いますよ」


「すまんな。助かるよ」


 アルベルトは本当に嬉しそうだった。



 それから数日、ルシアンは領地運営を手伝っていた。


 書類整理や視察、時には魔物討伐。


 そして、兄の仕事ぶりも近くで見ていた。


(……やはり兄様は凄いですね)


 決して戦いは得意ではない。


 ルシアンのような規格外でもない。


 だが、人をまとめ、領地を立て直し、人々の信頼を集めている。


 それは間違いなく才能だった。



 ある日の夕方、執務室。


 書類仕事をしていたアルベルトが、深くため息を吐いた。


「……はぁ」


 ルシアンが顔を上げる。


「どうしたんですか兄様」


「いや、縁談の手紙がな」


「あぁ……」


 ルシアンもなんとなく察する。


 アルベルトは今年で二十一歳。


 しかも伯爵家当主。


 本来なら、とっくに婚約者がいてもおかしくない。


「復興で忙しかったのもあるが、二十一にもなって婚約者もいないからな。色んな貴族から縁談の話が来てるんだよ」


 アルベルトが机の上の封筒を見る。


「一番いいのはリュクレール公爵の紹介のやつなんだがな。リュクレール公爵には世話になってるし、断る理由もない」


 ルシアンが少し興味を示す。


「どちらの方なんですか」


「エルセリア子爵家のお嬢さんだ。たしか名前はリディア・エルセリア、歳は十五だったか」

「器量も良くて、とてもいいお嬢さんって話だ」


 ルシアンは少し考え。


 静かに言った。


「ではいい話なのではないですか?」


「そうなんだけどなぁ」


 アルベルトが頭を掻く。


「俺にそこまで余裕あるかな」


 その言葉に、ルシアンは少しだけ目を細めた。


 兄は真面目すぎる。


 領地、民、復興。


 全部を一人で背負おうとしている。


 だからこそ、余計にそう思うのだろう。


「兄様なら大丈夫ですよ。当主としての仕事も立派にこなしているじゃないですか」


「それに公爵からの紹介ですから、信用してもいいと思いますよ」


 アルベルトは少し黙り。


 やがて苦笑した。


「そうだよな」


「返事してみるよ。ありがとうなルシアン。また進展があったら伝えるな」


 ルシアンも微笑む。


「いい知らせを待っていますよ」



 さらに数日後、ルシアンは出発準備を終えていた。


 屋敷の前でアルベルトが少し寂しそうに笑う。


「もう戻るのか」


「休みが明ける前に、もう少しやりたいことがあるので」


 本当は、裏で動かなければならない。


 欠片、邪神教、魔族。


 やることは山ほどある。


 だが、それを口にはしない。


 アルベルトも深くは聞かなかった。


「そうか……」


 一拍。


「またいつでも帰ってこいよ」

「元気でな」


 ルシアンが静かに頷く。


「ええ。兄様もお元気で」


 そして、ルシアンはヴェルグレイヴ伯爵領を後にした。


 再び静かに、世界の裏側へ戻るために。


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