第215話 sideアレス
第215話 sideアレス
――未熟。
その言葉が、頭から離れなかった。
アレス・グランツヴァルトは剣を構えたまま、静かに息を吐く。
未熟。
自分が。
その評価を受けたのは、いつ以来だったか。
(……だが)
否定できない。
守護者、ルミナス騎士団隊長格。
確かに、自分は彼らに安定して勝てなかった。
身体能力で劣っているとは思わない。技術でも、大きく差があるとは思っていなかった。
だが、勝てなかった。
その理由が、“剣技そのもの”にあったとは。
アレスはゆっくりと剣を下ろした。
仮面の男が静かに見ている。
アレスは頭を下げる。
「……ありがとうございます」
その言葉に、ヒューギルの目がわずかに細まる。
「俺の至らぬ点を指摘してくれて」
アレスが笑う。悔しさはある。
だが、それ以上に。
高揚していた。
「おかげで俺は、まだまだ強くなれる」
男は静かに答える。
「なら見せてみろ」
一拍。
「ここは戦場ではない。命を失うこともない」
その声は静かだった。
だが、底知れない重みがある。
「だからこそ、命を失う前に、己の限界を超えてみせろ」
空気が張り詰める。
「できなければ」
男の剣がわずかに動く。
「近いうちに死ぬだけだ」
アレスの目が細まる。
だが、その言葉を否定できなかった。
魔族の幹部がいる本当の戦場。
そこでは一度の未熟が死へ直結する。
アレスが再び構え、深く息を吐く。
(崩せ)
型を、完成を、いままで積み上げてきたものを。
そのままでは届かない。
なら変えるしかない。
アレスが消える。
高速の踏み込み。
火属性の加速。
だが、今までとは違う。
途中で軌道を崩す。
本来ならあり得ない角度で剣を振るう。
奇襲。
読みを外すための不規則な動き。
だが――
「まだ素直すぎるな」
軽く流される。
「っ……!」
アレスがさらに踏み込む。
連撃、斬撃、魔法、フェイント。
今までの“正統派”から外れ始める。
それでも届かない。
男はすべてを見切る。
剣がぶつかる。
アレスの剣が弾かれる。
だが止まらない。
即座に次、次、さらに次。
止まらず攻め続ける。
男がわずかに目を細めた。
「……なるほど、多少はマシになった」
アレスが笑う。
「それはどうも」
さらに踏み込む。
今度は光属性での閃光。
だが、本命はその後。視界を潰した直後、逆方向から斬る。
今までの自分なら絶対に選ばない軌道。
しかし、男は軽く剣を滑らせるだけで受け流した。
「狙いが分かりやすすぎる」
「……っ」
「まだ、お前は“正しく戦おう”としている」
アレスが息を吐く。
確かにそうだった。
どこかで美しく、正しく戦おうとしている。
だが、本当の強者は違う。
勝つために崩す。
生き残るために歪める。
アレスはさらに踏み込む。
すべてを乗せた斬撃。
男も初めて、わずかに剣を強く振った。
衝突による轟音。
アレスの身体が吹き飛ぶ。
「がっ……!」
地面を削りながら止まる。
腕が痺れる。
だが即座に立つ。
男が静かに言う。
「遅い」
「……!」
再び踏み込む。
何度も、何度も、何度も全力でぶつかる。
その度に弾かれ、崩され、叩き伏せられる。
だがアレスは止まらない。
ヒューギルが静かに見ていた。
時間が過ぎていく。
朝、昼、夕方。
それでも戦いは終わらない。
アレスの動きが少しずつ変わっていく。
型を崩す。奇襲を混ぜる。
読みを外そうとする。
未完成ながら確かに変化していく。
男は、それを静かに受け続ける。
圧倒的技術で完全に。
そして日が沈み始めた頃。
アレスの身体が揺れた。
魔力切れ。
限界。
それでも剣を握ろうとする。
だが指先に力が入らない。
膝が崩れ、そのまま地面へ倒れ込んだ。
男は倒れたアレスを見下ろす。
「……悪くない」
小さな声。
それを最後に、アレスの意識は闇へ沈んだ。




