第213話 sideアレス
第213話 sideアレス
――速い。
それが、最初の感想だった。
いや、速いだけではない。
重く、鋭い。
そして、正確。
アレス・グランツヴァルトの剣は、武闘大会の時とはまるで別物だった。
初手から全力。
火属性魔法による瞬間加速、地属性による踏み込み強化。
さらに、水による身体制御補助。
そこへ、戦の神・ヴァルガンの加護と秩序の神・アストレウスの加護。
すべてを重ねた一撃。
だが――
「……っ」
当たらない。
いや、“当たっている”。
確かに剣は届いている。
斬撃は触れている。
なのに。
(なんだ……?)
手応えがない。
まるで何もない空間を斬っているような感覚。
アレスが連撃を放つ。
精密で高速な斬撃。常人なら、視認すらできない速度。
だが目の前の男は、微動だにしない。
最低限、本当に最低限の動きだけで剣を逸らす。流す、崩す。受けているはずなのに。
まるで攻撃そのものが“存在しなかった”かのように処理される。
(……おかしい)
アレスがさらに踏み込む。
火、水、地、光。魔法を混ぜ、剣筋をずらし、軌道を変える。
普通の相手ならこれで対応不能になる。
だが男は変わらない。
静か、圧倒的静寂。
そこに立っているだけなのに、何も届かない。
金属音が鳴り、火花が散り、衝撃が起こる。
それでも男の足は、一歩も下がらない。
「……!」
アレスが横薙ぎを放つ。即座に下段、さらに突きの三連。すべて最適のはず。
だが仮面の男は、剣を軽く傾けるだけで流した。
まるで子どもの剣を受けるかのように。
アレスの眉がわずかに動く。
(これほどまでに……)
差があるのか。
アレスはさらに加速する。地面が砕ける、瞬間移動のような踏み込み。
ヴァルガンの加護を強く引き出す。
身体能力上昇。
爆発的な加速に空気が裂ける。
さらにアストレウスの加護が発動する。
魔力の流れ、身体の軸、剣の軌道。
それらすべてが極限まで“整う”。
無駄が消え、ブレが消える。
動作が洗練されていく。
理、法則、秩序。すべてを最適化する力。
アレスの剣技が、一段階完成へ近づく。
それでも届かない。
男が初めて口を開いた。
「悪くない」
低い声。
「だが、素直すぎる」
アレスの剣が弾かれる。
「っ!」
流され、体勢が崩れる。
だが即座に立て直し、再び踏み込む。
今度は光属性。閃光による視界阻害。
その隙に横から斬る。
完璧だったはず。
なのに仮面の男は、視線すら向けないまま剣を受けた。
火花。
「……なるほど」
男が小さく呟く。
「多少は工夫するか」
その瞬間、アレスの背筋が凍る。
気づいた時には剣先が、喉元にあった。
「――っ!?」
速い。
見えなかった。
いや、そもそも。
“いつ剣を動かしたのか”すら分からない。
アレスが即座に後退する。
距離を取り、呼吸を整える。
(今のは……)
完全に殺せた。
それを理解してしまった。
ヒューギルが静かに見ている。
何も言わない。
ただその視線だけが、戦いの異常さを物語っていた。
アレスが再び構える。
高揚していた。恐怖ではない。歓喜。
(凄い)
これだ、これを求めていた。
届かない壁、理解できない領域。
だからこそ超えたい。
アレスが笑う。
「……最高だな」
そして、再び消える。
今度はさらに速く、さらに鋭く、さらに深く。
アストレウスの加護をさらに引き出す。
全身の動作を理論的に最適化。
重心移動、剣筋、筋肉の連動、魔力操作。
すべてを極限効率へ統合する。
完成された剣。
だがそれでも、仮面の男には届かない。
剣が交差する。流され、崩され、受けられる。
その度にアレスは理解していく。
(……完成されている)
技術が、身体操作が、剣が、何もかも。
圧倒的だった。
それでもアレスは止まらない。
止まる理由がない。
ここには自分より上がいる。
ならば届くまで振るうだけだ。
何度でも、何度でも。
これからの投稿時間を12時と21時に変更します。
明日は0時、12時、21時
以降は12時、21時




