第212話 sideアレス
第212話 sideアレス
アーカディア学園――特別修練場。
守護者や一部の上位戦力のみが使用を許された特殊施設。
守護者の力によって外の時間が再現された空間。実際には外ではないが、時間感覚を忘れないために再現されている。
過去に修練に夢中になりすぎて時が経つのを忘れ、餓死しかけたものがいたらしい。
アレス・グランツヴァルトも、これまで何度かこの場所を訪れていた。
ルミナス騎士団の隊長格との模擬戦、守護者との手合わせ。
そして、自らを高めるための修練。
ここは、アレスにとって“さらに上”へ進むための場所だった。
周囲には強固な結界、外部からの干渉は完全に遮断されている。
広大な修練場の中央。
そこに立つアレスの背には、一振りの剣があった。
昨年の武闘大会優勝時に与えられた、ドワーフ製の剣。
名工バルグラムが鍛えた逸品。
凄まじい切れ味、異常な魔力伝導率。
さらに、周囲の魔力を吸収し、使用者へ還元する特殊構造。
超一級品。
アレスは普段、この剣を使わない。
強すぎるからだ。
だが今日は違う。
本気で戦う、だからこそ持ってきた。
視線の先、そこには守護者ヒューギルがいた。
黒衣、肩に止まる二羽の黒いカラス。
相変わらず、底の見えない存在感だった。
「来たか」
「はい」
アレスは静かに頭を下げる。
その目には、隠しきれない高揚があった。
(ヒューギル様が“勝ち目はない”と言い切る相手)
そんな存在は初めてだった。
守護者、ルミナス騎士団総長。
おそらく、そのさらに先に立つかもしれない自分がまだ届かない領域。
(楽しみだ)
その時空気が変わった。
アレスの目が細まる。
気配。
だが――
(……見えない)
確かにいる。
なのに、輪郭が曖昧。
まるで影そのものが歩いてくるようだった。
揺らぐ黒。
そして、一人の男が現れる。
長身。
暗色の髪。
顔を覆う仮面。
全身を包む異様な威圧感。
(……強い)
それだけは、一瞬で理解した。
男は静かに自然体で立つ。
構えてすらいない。
なのに――
隙がない。
いや、“隙という概念そのものが存在しない”。
アレスは本能的に察する。
(危険だ)
今まで感じたことのない感覚。
武闘大会、守護者、ルミナス騎士団。
どれとも違う。
底が知れない。
ヒューギルが静かに口を開く。
「双方、準備はいいな」
アレスは剣を抜く。
空気が変わる。
魔力が剣へ流れ込む。
超一級武装。
それだけで周囲の魔力が震える。
対する男は何も変わらない。
ただ立っている。
アレスが静かに問いかける。
「……名前は聞けないのか?」
男は短く答える。
「条件だ。詮索はするな」
低い声、感情が読めない。
だが、アレスはむしろ口元を緩めた。
「なるほど。嫌いじゃない」
重心を落とし、剣を構え、呼吸を整える。
すると、男が口を開いた。
「一つだけ忠告しておく」
静かな声。
「遠慮はするな。中途半端なら、時間の無駄だ」
アレスの目が細まる。
「……最初からそのつもりだ」
魔力が膨れ上がる。
火、水、地、光。
さらに――
戦の神・ヴァルガン、秩序の神・アストレウス。
加護の力すら解放する。
空気が震える。
これが、今のアレス・グランツヴァルトの全力。
だが男は変わらない。
一切揺るがない。
その姿にアレスは初めて理解した。
(……本当に)
一拍。
(俺より強い)
恐怖はない。
あるのは――
純粋な昂揚だけだった。
ヒューギルが静かに手を上げる。
「では始めろ」
瞬間。
アレスが消えた。




