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果てなき世界  作者: 影川明空人
第4章 学園1年目 武闘大会編
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第210話

第210話


 闘技場の一角。


 すでに人の姿はほとんどない。


 夕暮れの光が、静かな石畳を赤く染めていた。


 その中心に守護者ヒューギルが立っている。


 二羽のカラスが、周囲を静かに飛び回っていた。


 ルシアンはそんなヒューギルを見つめる。


 先に口を開いたのは、ヒューギルだった。


「……すまんな」


 低い声。


「急に呼び出して」


 ルシアンは肩をすくめる。


「いえ」

「それで、何の用でしょうか」


 ヒューギルが静かに目を細める。


「お前も大方の予想はついているだろうが」


 一拍。


「アレス・グランツヴァルトと戦ってほしいのだ」


 ルシアンは小さく息を吐く。


「そんなことだろうとは思いましたが、一応理由を聞いても?」


 ヒューギルは空を見上げる。


 飛ぶカラス。


 そして、静かに語り始めた。


「昨今、魔物が活性化し、徐々にだが人類側の戦力は減ってきている。我ら守護者と共に最前線で戦う者たちも、ほんの少しずつだが削られてきている」


 その声音には、長い年月を生きた者の重みがあった。


「いま、人類には強者が必要なのだ」


 一拍。


「奴には才がある。このまま伸びていけば、人類側の大きな戦力になる」


 ヒューギルの視線が遠くを見る。


「ルミナス騎士団の者たちも力を上げている。総長に至っては、私と同じ領域にたどり着いた」


 ルシアンの目がわずかに細まる。


(……ヒューギルと同格)


 それはつまり、人類最強格。


 だが、ヒューギルは静かに続けた。


「だが、足りんのだ」


 短い言葉、だが重い。


 ルシアンも理解していた。


 徐々に、本当に徐々にだが、均衡は崩れ始めている。


「だからこそ」


 ルシアンが静かに言う。


「アレス・グランツヴァルトには、より強くなってもらう必要があると……」


「その通りだ」


 ヒューギルは即答した。


 ルシアンは少し考える。


「なら、戦うのが私である必要はないのでは?」


 ヒューギルが答える。


「奴は、我ら守護者やルミナス騎士団の隊長たちとも手合わせをしている。そんな奴が、“いま以上の強敵との戦い”を望むと言ったのだ」


 一拍。


「ならば、もう限られてくる」


 ルシアンは静かに目を閉じる。


(……なるほど)


 理解した。


 ヒューギルは本気だ。


 本気で、アレスをさらに上へ押し上げようとしている。


(情報によると、現状少しずつだが人類側が押され始めているのは事実)

(このまま均衡が崩れてしまうのはまずいか……)


 数秒の沈黙。


 やがて、ルシアンが口を開く。


「わかりました」


 ヒューギルの目がわずかに動く。


「ただし」


「幾つか条件があります」



 翌日。


 守護者ヒューギルの部屋。


 重厚な扉が開き、中へ入ってきたのは、アレス・グランツヴァルトだった。


「失礼します」


 静かに礼をする。


 ヒューギルは椅子に座ったまま口を開く。


「お前の望みを叶える手筈が整った」


 アレスの目がわずかに見開かれる。


「三日後、学園内の特別修練場で行う」


 一拍。


「ありがとうございます!」


 アレスの声には、珍しく明確な高揚があった。


 ヒューギルは静かに続ける。


「だが、相手側から幾つか条件がある」


 アレスが真剣な顔になる。


「一つ、素性を詮索しないこと」


「二つ、今回の戦いについては口外しないこと」


「三つ」


 そこで、ヒューギルがわずかに目を細めた。


「全力でかかってくること」

「殺しに来るくらいの覚悟でやらなければ、つまらんから相手をしないとのことだ」


 一瞬。


 アレスの口元がわずかに上がる。


「……面白い」


 その目に宿るのは、明確な闘志。


 そして、アレスが静かに問いかける。


「ヒューギル様から見て、私に勝ち目はありますか」


 ヒューギルは即答した。


「お前のためにも言おう。いまのお前に勝ち目はない」


 空気が静まる。


「お前が全力で殺しにかかろうとも、殺すことはおろか、まともな傷を負わせることもできないだろう」


 アレスは黙って聞いている。


 その瞳に恐れはない。


 むしろ――


 期待が強くなっていた。


 ヒューギルが最後に告げる。


「だからこそ、先方の望み通り、全力で挑め」


 アレスは深く頭を下げた。


「……はい」


 そして、部屋を後にする。


 扉が閉まる。


 静寂。


 ヒューギルは、一人静かに目を閉じた。


 脳裏に浮かぶのは、昨日の会話。



「最後に」


 ルシアンが静かに言った。


「貸し一つです」



 ヒューギルは小さく息を吐く。


「……食えん男だ」


 だが、その口元には。


 わずかに笑みが浮かんでいた。


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